アニュス・デイ

お次は「グローリア」, といいたいけれど, 長くて息が切れそうなので, いき なり最後の「アニュス・デイ」に行ってしまいましょう。「キリエ」と対にな る短くて音楽的な文句です。

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: dona nobis pacem.
「キリエ」よりちょっと長いですが, 3行で構成されており, AA’Aの構成 をもつキリエに対し, こちらはAAA’。

母音を調べると, Dei, ..mundi: とiの音で終る語がまるで韻を踏むかのよ うに重なっている。よく見るとこの2つの単語の直後に来る qui miserere の 2つは前の語と呼応するかのようにiの音で始まっている。ほかに tollis, nobis にもiが含まれている。やはり大変音楽的考慮が働いていることがわか ります。

語釈に行きましょう。こんどは全部ラテン語。異なる単語の数は10個です。 まず, さきに注意したiで終る3つの単語 Dei qui mundi から。qui は後回し にして残る2つは名詞の属格形 (〜の) です。主格形に戻すには i のかわりに us をつけてやればよろしい。 Agnus は主格だからそのまま辞書を引く。

Deus デウス
mundus ムンドゥス 装身具, 世界
Agnus アグヌス 小羊

だから Agnus Dei は「神の小羊」で問題なし。ただしイタリア式発音では gn を「ニュ」と読むので, 「アニュス デイー」となります。

「神の小羊」とは言うまでもなくキリストのことで, バプテスマのヨハネが イエスに洗礼を施すときに言ったことばです (ヨハネ1.29) 。 「アニュス・デイ」の第二句めまではここを元にして作られたのでしょう。

おまけ。牡羊は arie:s (これは星座の名前にある) , 普通の羊は ovis と いいます。

次のひとまとまり, qui tollis peccata mundi に行きましょう。

さっきとばした qui (クイー) は関係代名詞 (英語の who, which) です。 i で終ってますが主格です。

qui の次の tollis がこの関係句の主動詞ですが, 二人称単数形です。 辞書に出ているのは一人称の形なので, 二人称語尾の -is を取り除いて, かわりに 一人称の -o をつけてから辞書を引きます。

tollo トッロー とり上げる, 取り除く

あとは peccata だけです。-a で終るのは女性名詞単数の主格にもあります が, 主語は qui ですからそうではありません。 どうやら tollo の目的語らしいですから格は対格 (〜を) 。 中性名詞の複数対格が -a で終る, ということがわかれば あとは簡単で, これを中性単数主格の語尾 -um にとりかえてやれば よろしい。 ついでに言うと, いままで出てきた agnus deus mundus は皆男性です。

peccatum ペッカートゥム 誤り, 罪

というわけで全体の意味は「装身具の誤りをとり上げる」・・じゃないでし ょうね, やっぱり。「世界の罪を取り除く」となります。読み方は「クイー トッリス ペッカータ ムンディー」です。

「グローリア」に全く同じ句が見えます。

おまけ。mundus に全然違う2つの意味があるのは, ギリシャ語の kosmosが この2つの意味を持つからのようです。どうも「秩序」ってのが原義のようで, 「正朔を改め, 服飾を易える」という話なのかな, これは。

それにしてもこの句の終りのコロンはいったい何なのかな。コンマとどう 違うんだろう。


やあどうも, なかなか進みませんね。 miserere nobis. 後ろの nobis からチェック。

nobis (ノービース) は 複数一人称代名詞 nos (ノース) の与格 (〜に) または奪格 (〜から, 〜によって) の形です。 「または」と言ったのはラテン語では 複数の与格と奪格がまったく同じ形になってしまい, 見た目から 区別できないからです。 文脈から判断する他ないのですが, それには miserere を知る必要があります。

miserere はミゼラブルという単語があることから, 辞書引かなくても 意味がわかる。 でも引いてみましょう。

misereor ミセレオル 憐れむ

「キリエ」の所でいったように, 母音に挟まれたsは濁って読みますから, 「ミゼレオル」になります。

ところで, 先の tollo と違い, 今度は -or で終っていることに気が附くと 思います。これは受身の形なのですね。ラテン語の受身は「〜される」という 意味になるとは必ずしも言えません。簡単に言うと, 動作の受手が主語自身で あるとき受身を使います。嘆きのあまり腸が断ち切れたとすれば, それは嘆か れた相手 (目的語) ではなく, 嘆いた本人 (主語) の腸です。ですからこうい う感情を表す動詞はたいてい受身の形で使われます。こういう「〜される」の 意味でないのに受身を使う動詞たちをラテン語の用語で deponentia (デーポ ーネンティア) と呼びます。英語にも be surprised とかありますね。

miserere はこの misereor の命令法です。ここんとこは「キリエ」に出てき た eleison に対応するラテン語と思えばよろしい。

さて, 英語の受身だと「be 過去分詞 by」とかいう公式がありますが, ラテ ン語でも受身の動詞に対する動作主 (または動作を引き起こす手段) はふつう 奪格を使うという決まりがあります。だから nobis は奪格とわかります。直 訳すれば「我々によって憐れんでくれ」ですが, 結局「我等を憐れみたまえ」 という事です。

意外やこの2語に長くかかってしまいました。 読みは「ミゼレーレ ノービース」です。

いよいよ最後。 dona nobis pacem. です。 nobis は今やったばかり。 pacem ですが, mで終ってるのは大体対格です。 いままで出てきた -us -um で終る名詞は 対格が -um で終りますが, この -em で終るやつを主格に戻すのは 少しめんどくさい。-us のuみたいなのを (歴史的には o なんですが それはともかく) 幹母音(thematic vowel)と言って, これがある名詞を thematic な名詞と呼びます。 pacem にはそれがないので, これを athematic な名詞と呼び, とくに主格が変な形になることが多い。

で, athematic な名詞を主格に戻すには, ふつうは -em を取り除いて かわりに -s をつけてやります。 そうすると pacs となりますが, c + s = x (クス) と書きますので, pax で辞書を引いてやらなければなりません。

pax パークス 平和

pacem はよって「パーケム」ですが, イタリア式では e,i の前のcは英語の ch のように読みますから, 「パーチェム」となるわけです。

おまけ。 レクイエムの「アニュス・デイ」では dona eis requiem sempiternam と歌います。 この requiem も -em で終っていますが, こいつはちょっと変な変化をします。 主格は requies です。意味は「やすらぎ」。ついでに eis は ei (彼等) の与格, sempiternus は「永遠の」という形容詞。 形容詞は修飾する名詞と同じ性・数・格の形を取ります (一致といいます) 。 ここで sempiternam となっているのは requiem が女性単数対格だからです。

最後の dona。

dono ドーノー 贈る, 授ける

はじめに do (ドー。与える) という動詞があり, それから donum (ドーヌム, 贈物) という名詞が派生し, 再び donum から派生してできたのが この動詞です。 dona はその命令の形。 結局「我等に平和を授けろ」という意味になります。 前と違い nobis は与格 (〜に) として使われているのに注意。 読みは 「ドーナー ノービース パーチェム」。

ところで, ウルガタ版の詩篇では, 憐れむ対象はみな属格になっています。 例えば123番 (ウルガタだと122番) の「我々を憐れみたまえ」ですが

miserere nostri Domine miserere nostri
nobis でなく nostri と言ってます。うーん, きっとそういうのもあるんで しょう :-) 泉井久之助「ラテン語広文典」p.376 によると, 人の心のはたらきに関する動詞の対象は属格を使うことが 多いとのことです。これかな。
同じ箇所の七十人訳もついでにあげておきます。
elee:son he:ma:s, kurie, elee:son he:ma:s
こちらは受身ではありませんから当然対格をとっています。


単語のまとめ
名詞 thematic: agnus, deus, mundus (以上男性) peccatum (中性)
athematic: pax, requies (ともに女性)
代名詞 qui, nos, ei
形容詞 sempiternus
動詞 tollo, dono, misereor

文法のまとめ。

名詞には呼格 (〜よ) , 主格 (〜が) , 対格 (〜を) , 属格 (〜の) , 与格 (〜に) , 奪格 (〜から, 〜によって) がある。 単数では
thematic (男) (女) athematic
呼格-e (domine)

主格 -us (agnus)
-s (pax, requies)
対格 -um (-----) -am(sempiternam) -em (pacem, requiem)
属格 -i (dei, mundi)

および中性複数対格の -a (peccata) が出てきた。与格, 奪格は代名詞しか 出てきていないが, 複数で両者が同形になること, 受身との関係を学んだ。 形容詞は, 修飾する名詞と性・数・格を一致させるというのも学んだ。

動詞はみな二人称単数の形だったけれども, 直説法と命令法が出てきた。 また misereor は受身の形で, deponentia について学んだ。

語順はしごく当り前で, 格別言うことなし。


ちょっとおまけに, ミサが終る最後のせりふを見てみましょう。ノートルダ ムミサなどではここまで作曲してますから。

Ite, missa est; Deo gratias.

i:te は不規則動詞 eo: (行く) の複数命令。

missa est は mitto (行かせる, 送る, 解散する) の受動完了。というか, 受動完了分詞に est (英語の is) がついたもの。でもなんで女性なんでしょ うか?

gra:tia:s は gra:tia の複数対格。意味はいろいろありますが, ここでは 「感謝」でいいでしょう。

Deo: はさっき出た Deus の与格/奪格の形ですがここは与格。 「行け, 解散された。神に感謝を。」

ti は後ろに母音が続くとき, 原則として「ツィ」と読みます。よって読みは 「イーテ ミッサ エスト デオー グラーツィアース」。


擬似討論その2.

Q: 今回のアニュス・デイですが, やたらと長音が多くって間伸びしてませんか。 「ノービース」とか。
A:教会ラテン語では長短はあまり言わないみたいですね。 この点は 古典ラテン語になるべく従ってるつもりです。
Q:それからsの発音ね。 モサラベ聖歌を聞いたら 「アニュズデイ」と 歌ってるようでしたが。
A: スペインだとそう発音するのかな。 明かに後ろの Dei のDが有声音なのに 同化してsも有声になっているのですね。
Q: 「受身」と言ってみたり「受動」と言ってみたり, 用語が一定しないのは 困るなあ。
A:ごめんなさい。 「受動態」と「受動相」のどっちにしようか迷って, ええい「受身」でいいやって気になっちゃったんです。 でも「受身完了分詞」じゃあちょっとまずいんで・・。
Q:受動完了分詞ってのは 英語の過去分詞みたいなもんですか。
A:まあそうです。が, 名前の通り受動完了に使われます。 ただの完了やただの受身では使われません。 本来は動詞から派生した形容詞で, 動形容詞と呼ぶべきものです。
Q:動形容詞はキリエで出てきましたね。
A:-to- をつける所までギリシャ語と同じです。 peccatum (罪) というのも pecco (あやまつ) の 受動完了分詞の中性形です。
Q:そうすると christos は ラテン語で何というのですか。
A:「油をぬる」というのは unguo といいます。 その受動完了分詞ですから unctus となりますか。 でもそんなの聞いたことないなあ。 サムエル記上では, chrio: は unguo で訳してありますが (9.16) christos は christus のままですね (12.3) 。
Q:「ミサ」の名称は Ite missa est からきてるんでしょうか。
A:そう書いてある本もあります。 せっかくこないだ The New International Dictionary of the Christian Church なる本を買ってきたので, これを見てみますと・・ 初期のミサは前半が公開部分で, 後半の聖餐は信者しか参加できなかったので, 聖餐が始まるところで信者以外を解散させるところからこ の名前がついたというようなことが書いてあります。
Q:ところで, どうして Agne Dei じゃないんですか。
A:主格が呼格のように使われることもあったそうなので・・ それかな?


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