『日本国語大辞典』第2版をみると, 現在の黄道十二宮の名前の出典として, 吉雄俊蔵(1823)『遠西観象図説』をあげる。 ただし処女宮については「室女宮」の語を用いていたようだ。 また, 双児宮は『日本国語大辞典』に見あたらず(「双子宮」はあるが出典なし), わたしは『遠西観象図説』を直接参照することができないので, どう書いてあったのかわからない。 あと, 「天蠍宮」でなく「天蝎宮」と書く。 それ以外は, 「磨羯宮」の漢字をふくめて, 今のものとおなじのようだ。
ということは, 現在の名称は, 仏典に直接由来するのではなく, 西洋の黄道十二宮の名称の翻訳語として, 『遠西観象図説』に使われた名前を襲っているわけだ。 「はくようきゅう・きんぎゅうきゅう」 のように漢音的に読むのも, そのためだろう。 もちろん『遠西観象図説』は訳語を決めるにあたって仏典を参照したのだろうが。
現在の中国の星座名を見ると, 「白羊座・金牛座・双子座・巨蟹座・獅子座・室女座・天秤座・天蝎座・人馬座・摩羯座・宝瓶座・双魚座」 となっていて, 「室女」をふくめて『遠西観象図説』と共通している。 ただし「摩羯座」の「摩」字は ことなる。 『遠西観象図説』 の訳語を決めるとき漢籍を参考にしたのか, それとも日本から中国へ伝わったものか。 おそらく後者だろうと思うが, しらべていない。
青空文庫を検索すると, 上田敏(1905)『海潮音』に「天蝎宮」が, 夏目漱石(1908) 『夢十夜』に「金牛宮」が見える。 また薄田泣菫には『白羊宮』という詩集(1906)がある。 このころ黄道十二宮が流行したのだろうか? 大正時代に山川丙三郎が訳したダンテ 『神曲』 には, 「白羊宮・金牛宮・雙兒宮・巨蟹宮・獅子宮・天秤宮・磨羯宮」 が見える。 小栗虫太郎(1935) 『黒死館殺人事件』 は, 十二宮の名がすべて出てくるが, 双児宮が「双子宮」, 天蠍宮が「天蝎宮」になっている以外は今とおなじだ。
scorpio の訳語としては, ふるくはどうやら「天蝎宮」のほうがふつうだったようだが, Google では「天蠍宮」 11,000件, 「天蝎宮」 259件と, 「天蠍宮」が圧倒的に多い。 また「双児宮」も 12,200件で, 「双子宮」 569件よりもずっと多い。
投稿時刻 2007-01-28(壬戌) 12:12 於 こよみ | コメント (2)
やっぱり巨とか天とかつけないと, 中国語では 1文字だけだと「蟹座」と「蠍座」をまちがえそう。
仙女座とか武仙座みたいなのはいつごろ命名されたんでしょうかね。
投稿者: massangeana 投稿時刻: 2007/02/02 (Fri) 18:17:57
台湾の場合
台湾の「農民暦」(日本で「運勢暦」「開運暦」などと言っているものとよく似たもの)を買ったら、西洋占星術も出ていて、星座名が「牡羊座・牡牛座・雙子座・巨蟹座・獅子座・處女座・天秤座・天蠍座・射手座・山羊座・水瓶座・雙魚座」となっていたので、これは日本から入ったものだろうか、と思っていました。
「牡羊」の次が「金牛」という組み合わせも結構あるようで、日本と違っていろいろあるようですね。
投稿者: 風鈴’ 投稿時刻: 2007/01/31 (Wed) 22:09:44