入声をのばしたいとき

sci.lang でちょっとおもしろい話を見た。 「nasal m and n」という題のスレッドへの投稿 (これこれ) によると, ベトナム語やクメール語で歌う時に, -k/-t/-p などでおわる音節をのばしたい場合は, そのうしろに ŋ/n/m などの鼻音をつづけるのだそうだ。

なんとなく謡曲の「のむ」うたいかたを彷彿とさせる。 たとえば広東語で歌うときに, こういう歌いかたをすることがあるだろうか?

投稿時刻 2008-01-15(甲寅) 18:57言語::その他 | コメント (4)

バーツ(続)

「泰銖」について, 日本で出版されている中国語辞典をいくつかみてみたが, 『中日大辞典』には載っていたものの, それ以外の中日辞典では, 「泰」字の下にも「銖」の下にもバーツの話は載っていなかった。 そもそも「泰」に「タイ」の意味をのせていない辞書がとても多い。 いまも「暹羅」をひきずっている?

おもしろいのは, 小学館の日中辞典(第2版)で 「バーツ」 を引くと 「泰銖」 が出てくるのに, おなじ小学館の(装丁も似ている)中日辞典のほうには 「泰銖」 が出てこないこと。 講談社のもまったく同様に, 日中辞典にのみ載っている。

見てみたのは以下の辞典。 角川『中国語大辞典』は見ていない。

  1. 小学館『中日辞典』第2版(2003)。10万語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。 ただし「貨幣」のコラムに「泰銖」がのっている。
  2. 小学館『プログレッシブ中日辞典』(2004)。6万語収録。 「銖」の字が載っていないが, 上記『中日辞典』と同様, 「貨幣」のコラムに「泰銖」がのっている。
  3. 講談社『中日辞典』第2版(2002)。7万5千語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。
  4. 光生館『現代中国語辞典』(1982)。8万語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。
  5. 隆美出版『最新・実用中国語辞典』(2002)。8万語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。
  6. 白水社『中国語辞典』(2002)。5万4千語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。
  7. 白水社『クラウン中日辞典』(2001)。 収録語数不明。
    (追記) 53,500 語のようだ。
    「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。
  8. 東方書店『東方中国語辞典』(2004)。4万2千語収録。 「銖」の字はあるが, バーツの意味をのせず。

そのほか, 学習用の小辞典の類にはたいてい「銖」字そのものが載っていない。 (三修社『繁体字 中日辞典』『NEW アクセス』『ポータブル』, 大学書林『中国語小辞典』, 岩波書店『岩波中国語辞典』(簡体字版 1990), 東方書店『精選中日辞典』(2000), NHK出版『基礎中国語辞典』(2002) など)

中日辞典はだいたい中国で出ている辞書を参考にしているから, これは「銖」にバーツの意味をのせていない中国の辞典が多い, ということでもある。 いくつか見てみたところでは, 語文出版社『現代漢語規範詞典』(2004) には, バーツの意味が載っていた。 講談社『中日辞典』は, 序文によると 『現代漢語規範詞典』の 1998年版を参照したと書いてあるので, 今後の改訂で, バーツの意味が加わるかもしれない。

投稿時刻 2007-08-22(戊子) 14:33言語::その他 | コメント (9)

バーツ

タイの通貨単位であるバーツ(baat1)は, 日本の「両」などとおなじように, 本来は重さの単位のが, 通貨単位に流用されたものだそうだ。 重さの単位としての baat1 は 15g ほどで, 1 baat1(บาท) = 8 fɯaŋ3(เฟื้อง), 1 fɯaŋ3 = 8 at1(อัฐ) とのこと。 このうち fɯaŋ3 は固有語のようだが, at1 はパーリ語の aTTha (8) だし, baat1 も pAda (足)の借用だろう。

インドの伝統的な重さの単位にはいろいろあるようだが, karSa (11g 強) の 1/16 が mASaka (豆), その 1/5 が guJja (トウアズキ), karSa の 4倍が pala, pala の 100倍が tulA などで, pAda というのは見あたらない。 「足」は, 西洋などとおなじく長さの単位として使うことはあっても, 重さの単位にはならなかったようだ。

さて, 貨幣単位のバーツのことを中国語で「泰銖」というが, これがよくわからない。 「銖」は「両」の 1/24 なので, たとえば清の庫平制ならば 37.3÷24 で 1.55g のはず。 今の中国のように 1両を 50g としても, 銖は 2.08g にしかならず, 重さとしての 1バーツ = 15g にはほどとおい。 貨幣としての値と含有金属の重さとは大きくずれることがあるから, これもそういう事情があったのだろうか。 それとも, 中国ではあまり使われなくなった単位としてたまたま 「銖」 を持ってきただけなのだろうか。

ちなみに, 「銭 (両の 1/10)」を英語で「mace」というのは, 上にあげたインドの mASaka と同語源の mASa に由来するようだ。 これまたあまり値が一致しないが, インドでは測る対象によっておなじ単位名でも大きく値が変わるらしいので, こちらはあまり気にしなくてもいいのだろう。

(追記) 大英博物館のサイトに 1857年の 1バーツ銀貨 が載っていた。15.690g とある。 純度は書いてない。

投稿時刻 2007-08-09(乙亥) 22:31言語::その他 | コメント (0)

チョオユは「トルコ石の女神」?

MSN毎日の記事 「単独登頂:チョ・オユー目指し出発 北海道出身の栗城さん」 に関連して。

「チョ・オユー」は「トルコ石の女神」という意味だとしているサイトがいくつかある。 Wikipedia の日本語版はそうなっているし, 英語版でも「Turquoise Goddess」としている。

トルコ石はチベット語で「ユ (g-yu)」という。 「女神」というのは, チョモランマの「チョモ(jo mo)」のことを言いたいのだろう。 したがって, ふつうのチベット語なら 「チョモユ (jo mo g-yu)」 になるはずだが, ネパールあたりではこれを「チョ・オユー」のように発音するのだろうか, と最初は思った。

しかし, Wikipedia 英語版では, チベット語は 「jo bo dbu yag」 だ, と書いてある。 「チョー (jo bo)」 は女ではなくて男性で, 尊者という意味だ。 また 「ウ(dbu)」 は頭という意味だ。 yag は善いという意味。 Wikipedia 中国語版で「主席尊師」という意味だと言っているのが文字通りの意味に近い。

ネパールとチベットでちがう由来の名がつけられているのだろうか? それとも言葉としてはおなじで, 語源説が複数あるのだろうか。

どちらにしても「チョ」と「オユー」のあいだに中黒を入れる理由はなさそうだ (英語の「Cho Oyu」にあわせたのだろうが)。 また, 「ユー」ではなくて短い「ユ」のようだ (ネパール語のデーヴァナーガリーのつづりをそのまま読めば「チョーユ (coyu)」。 「c」が無気音なのが気になるが……)。

投稿時刻 2007-03-17(庚戌) 17:14言語::その他 | コメント (0)

十二支の卯は日本でも兎……?

こんなオチが待っているとは。 Chinese History Forum の 記事 に:

I'm almost 100% that they {Japanese} used to use Cat for zodiac, that is before they abolish the chinese zodiac and stop celebrating lunar new year. You could do some checking!

という投稿があった。 ま, 「おたがいさま」 ということで。

投稿時刻 2007-02-18(癸未) 09:06言語::その他 | コメント (0)

十二支の卯はタイやチベットでも兎

十二支の卯の動物がベトナムでネコだとかんがえられている(ことが多い)のは有名だが, 「タイやチベットでも卯がネコだとしている」という記事をネット上でしばしば見かける。 しかし, それは正しくない。

チベットの十二支の動物はほとんど中国とおなじで, ネズミ(byi ba), 牡牛(glang), トラ(stag), ウサギ(yos), 竜('brug), ヘビ(sbrul), ウマ(rta), ヒツジ(lug), サル(sprel), 鳥または鶏(bya), イヌ(khyi), ブタ(phag) になっている。 ちなみにネコは zhi mi, zhum bu, byi la などという。

タイの場合, 十二支の名称と動物の名称がちがうので, ちょっとややこしいが, 卯のことは「เถาะ thɔ1」といい, これは「กระต่าย krataai1」, すなわちウサギだとかんがえられている。 ちょっとデフォルメが激しいが, ここ の絵とかを参照。 タイが中国とちがうのは, 辰と巳の動物をそれぞれ 「 งูใหญ่ nguu yai1 (大きいヘビ)」 と 「งูเล็ก nguu lek3 (小さいヘビ)」 としている点。 ほかに未を「แพะ phɛ3 (ヤギ)」 としているが, 中国で「羊」はヤギもふくむ (ヒツジだけを指す場合は「綿羊」という必要がある) ので, おなじといえばおなじである。

ついでに, 「イランで卯がネコになっている」 と書いてあるサイトも見かけたので, そっちもちょっと見てみた。 「写真でイスラーム」 というブログの記事 「新年のご挨拶&絨毯の中の十二支」 に, 十二支が描かれた 19世紀イランのじゅうたんの写真がある。 これを見ると, 卯にあたる箇所は 「خرگوش khargūsh (ウサギ)」 と書いてあるし, 絵もウサギだ。 中国とちがうのは, 寅が 「پلنگ palang (ヒョウ)」 であるのと, 辰が 「نهنگ nahang (ワニ?)」 である点。 外側に描いてあるトルコ語は私にはあまり理解できないが, 卯は 「توشقان」 と書いてあるようだ。 今のトルコ語でウサギを意味する tavşan の古い形なのだろう (tavışğan でいいのかな?)。

「ベラルーシで卯がネコになっている」と書いてあるサイトもたくさんある。 なぜベラルーシが出てくるのか不思議におもったが, 検索してみたところ, 「Multiculturalpedia 異なる文化を楽しみながら学ぶ事典」 というサイトの 「世界の十二支」 という記事がみつかった。 もともとはベトナムの十二支についての記事だったのが, それに対し, ベラルーシの十二支について, 「あと、うさぎ年を猫年だ、と言う人も少数派ですがいます。」 というコメントがあり(2000年7月5日), どうもこれが元ネタらしい。 「少数派」 という部分が無視されて, いつのまにか「ベラルーシでは猫年」と短絡されたわけだ。

タイで卯がネコ年でないことについては, 「タイまで5,750,000歩」 というブログの 「今年は何年?」 という記事にも取りあげられてあり, つけられたコメントがおもしろい。 チベットについては, チベット語研究者である星泉氏の掲示板の 「十二支に猫?」 (2005年6月25日)で取りあげられている。 どうやら TBS の「はなまるマーケット」が取りあげたために, 話が有名になったようだが, ネット上の記事にはそれより早いものもあるようだ。 おそらく, もとは 「タイやチベットに住む一部の人々(または, チベット系やタイ系の言語を話す人々) が, 卯にネコをあてている」 というような話だったのが, ベラルーシと同様に短絡されて, チベットやタイ全体の話になってしまったのだろう。 そうなったのは, 「十二支にネコがいる地方があってほしい」 という希望を持つ人が多かったからだろう。

ところで, なぜベトナムで卯をネコとかんがえるかだが, おそらく「卯」の漢字音とネコとの発音の類似によるものだろう。 中国語では「卯」が mao3, ネコが mao1 だし, ベトナム語では「卯」が mão (mẹo とも), ネコが mèo だ。 漢字音の伝わらなかった地方では, このようなことは起きそうにない。

投稿時刻 2007-02-11(丙子) 14:19言語::その他 | コメント (7)

мороз, товарищ のカタカナ表記

ロシア語の標準的な発音では, 「о」と「а」は強勢のある音節でしか区別されず, それ以外はどちらも「ア」のようなあいまいな音で発音される。 しかし日本では, ロシア語の単語をカタカナで記すとき, じっさいの発音を無視して, もとのつづり字に 「о」 とあればオ段の仮名で, 「а」 ならばア段の仮名で写すのが原則だ。 「ロシア」(Россия), 「ドストエフスキー」(Достоевский), 「サモワール」(самовар), 「ポグロム」(погром) など。

ところが産経新聞オンライン版の記事 「暖冬、強風…狂った自然界 眠れぬクマ、ふらつく小動物」 に,

厳寒期(マロース)にあたるロシアでは、歴史的な暖冬となり、クマが冬眠できないなど、自然界のリズムが狂う事態が報告されている。

と書いてあった。 マロースは мороз なので, この場合は上記の原則によらず, ロシア語の発音に近づけて写していることになる。 おそらく文字を通して知られた語や, 人名・地名のたぐいは上記の原則がはたらくが, じっさいにロシアをおとずれた人が聞き伝えた日常用語は, かならずしもこの原則にしたがわないのかもしれない。

しかしそうなると, タワリシチ (товарищ) はどうなるのだろう。 こういう用語は原則にしたがいそうなものだが。

Google でしらべたところ, 「タワリシチ」 1,380件, 「タワーリシチ」 838件, 「タヴァリシチ」 365件, 「タワリーシチ」 147件, 「タヴァーリッシ」 100件などがあった。 いっぽう「ト」ではじまるのは 「トヴァーリシ」 6件, 「トヴァーリシチ」 5件など, きわめて少ない。

なお, мороз の意味は「厳寒期」ではなく「厳寒」ではなかろうか。

投稿時刻 2007-01-22(丙辰) 15:05言語::その他 | コメント (0)

KTNN のナバホ語放送

アリゾナのラジオ局 KTNN でナバホ語放送をやっており, オンラインで聴くことができる (初回は年齢と郵便番号の入力が必要)。

ナバホ語についてはぜんぜん知らないが, ベトナム語かなにかのようにきこえる。 母音の長短を区別し, 声調があり, 強い帯気音があるので, 東南アジアの言語のようにひびくものだろう。

時間帯によっては英語の放送しかやっていないようだ。

投稿時刻 2006-10-30(壬辰) 04:27言語::その他 | コメント (0)

トラ (9)

15. tora

日本語 tora, 首里方言 tura。 日本には縄文時代以来今まで野生のトラはおらず, 朝鮮半島経由でトラの知識を得たもののようだ。 日本書紀には, 「虎に翼をつけて放し」云々の比喩をのぞくと, トラに関する記事が 3件あるが, まず欽明天皇六年に膳臣巴提便が百済でトラを退治した話, ついで皇極天皇四年に鞍作得志が高麗でトラに妖術を習った逸話, それから天武天皇朱鳥元年の新羅の調物中の「虎豹皮」と, いずれも朝鮮半島に関連している。 万葉集3885にも「韓国乃 虎云神乎 生取尓 八頭取持来」といい, ふるくから朝鮮半島の動物として認識されていたことがわかる。

したがって tora という語じたい朝鮮語からの借用をうたがうのはもっともであるが, 関係しそうな語が朝鮮語にみあたらないのが問題である。 たとえば『言海』の説明では, 「朝鮮語ナラムカ、人ヲ捕ル意ノ名トイフハイカガ、 或云、支那ニテ、楚人、虎ヲ於菟トイフ、於ハ発声ニテ、〈越ノ於越ノ如シ〉 其菟ヲ伝ヘテ、らノ助語ヲ添ヘテイヘルナリト云、此説モ附会ナラムカ」 として朝鮮語説にかたむいているようだが, 朝鮮語のどの語であるかを言わない。 『日本国語大辞典』によると, 『大言海』では「朝鮮の古語で毛の斑を意味するツルの転」となっているそうだが, 古い朝鮮語ツルって何だろう? 『広辞苑』は「タイ語系南方語起源か」という。 新村出の語源関係書を読む必要があるだろうが, ちょっと今みられない。

16. その他

ネット上で見ただけで, ちゃんと確認していないものをならべておく。

  • アイヌ語にはトラを意味する語はない(?)
  • ニヴフ語は未確認。
  • ウィルタ語 дусэ?
  • コータン語で mauya
  • シンハラ語 koTiya というのはヒョウをふくむようだ。 スリランカのヒョウは学名を「Panthera pardus kotiya」という由。
  • ドラヴィダ系は, タミル語 puli, テルグ語 puli, カンナダ語 huli と, きれいにまとまっている。
  • フモン(苗)語では tsov (チョー) という。 (cf. sathmong の「English Hmong Dictionary」)
  • アフリカやアメリカの言語では, ヒョウやジャガーを指す語を転用したものが多そうだ。

投稿時刻 2006-05-12(辛丑) 01:33言語::その他 | コメント (9)

トラ (8)

13. tasha

満州語にはトラをあらわす語がいくつかあるようだが, いちばん普通の語は tasha (タスハ) のようだ。 十二支の寅にもこの語をもちいる。

14. holang-i, pem など

現在の朝鮮語ではトラを holang-i (호랑이, ローマ字つづりは Yale 式による) とよぶ。 漢語「虎狼」に名詞接尾辞の -i をつけたものとかんがえられているようだが, なぜここで「狼」がでてくるのか, やや疑問ではある。

固有語では pem (범) というのがあり, トラ・ヒョウの両方を意味する。 両者を区別するばあい, ヒョウを phyopem (표범), トラを kalpem (갈범) という。 phyo- は「豹」だろうが, kal- は何だかよくわからない。 pem は中期朝鮮語でも同じ形。 『朝鮮館訳語』の「半門」や, 『鶏林類事』の「虎曰監(蒲南切)」も, pam のような音を意図していたとかんがえられ, ふるくからあまり形がかわっていない。 ただし, 母音が長いので, もっと古くはちがう形だったのかもしれない。

韓国の「Yahoo! 知識検索」に, トラを方言でどういうかの一覧 が載っている。 データが南のほうにかたよっているのはやむをえないが, なかなかおもしろい。 21の形のうち, 9種類が holang-i の変種, 1種類が pem の変種。 5種類は san- ではじまっているが, sancwu-in (산주인) というのは「山主人」だろうし, のこり 4つもたぶん同様のいいかえにもとづくのだろう。 あとは憶測だが,

  • taychwuni (대추니) は「大虫」由来だろうか?
  • wangnwuni (왕누니) は「大姉妹」? それとも wangnwun-i で「大きな目」?
  • kay-oci (개오지) は「犬」と関係? これも忌みことばなのだろう。

平安北道・咸鏡南道の tolwupa-i (도루바이), tolwupali (도루바리), twulwupali (두루바리) というのは特に気になる。 -pali はモンゴル語の bar に -i がついたものだろうか?
(追記) 考えなおすと, 上はちょっとひどすぎる案だった。 朝鮮語の pal (足と関係する接尾辞) に由来するとかんがえるべきだろう。
その前についている tolwu-/twulwu- は……日本語の「トラ」と関係あり? (笑)

投稿時刻 2006-05-09(戊戌) 04:53言語::その他 | コメント (0)

トラ (7)

12. 「於菟」

『左伝』宣公四年に, 楚の令尹子文の名である「穀於菟」の説明として, 楚では乳(で養うこと?)を「穀」といい, 虎を「於菟」という, という話がでてくる。 『漢書』叙伝でもおなじ話を引くが, 字は「於檡」になっている。 『左伝』につけられた釈文(「於」音「烏」, 「菟」音「徒」)や 『漢書』の顔師古注(「檡」, 字或作「菟」, 並音「塗」) にしたがうと, いずれも上古音で *'ada のような音を意図していたらしい。 左思『呉都賦』では「烏菟」に作る。

楊雄『方言』には,

虎, 陳魏宋楚之間, 或謂之「李父」。 江淮南楚之間, 謂之「李耳」, 或謂之「於[虎+兔]」。 自関東西, 謂之「伯都」。

と, むずかしい字をつかっている。 『康煕字典』には [虎+烏] の字さえ載っている(『玉篇』を引く)。 「駐車場」の「駐」の字を車偏に書くようなものか?

なお, 『方言』「於[虎+兔]」の下の郭璞の注に,

「於」音「烏」。 今江南山夷呼虎為「[虎+兔]」, 音「狗竇」。

というが, 魏晋期には「狗竇」の音はすでに中古音と大差なく (丁邦新『Chinese Phonology of the Wei-Chin Period: Reconstruction of the Finals as Reflected in Poetry』参照。 とりあえず声調は無視), *koudou のようになっていただろう。 これが左伝でいう「於菟」とほんとうに関係するかは, やや疑問である。

「於菟」の話は有名で, 楚語の貴重な資料であるので, いろんな人がいろんな解釈をこころみているようだ。 有名なのは Jerry Norman と梅祖麟の 「The Austroasiatics in Ancient South China: Some Lexical Evidence」 (1976) で, ここでは「虎」も「於菟」も, ともに前記オーストロアジア語族の *kla にたどりつくかもしれないといっている。 もしこの説がただしいとしても, *kla 系統の語は語族をこえてひろがっているので, ただちに「楚語がオーストロアジア語族に属する」, ということになるわけではない。

なお, 森鴎外の長男である於菟が生まれたのは 1890年で, 寅年だったようだ。

ところで, Google で検索すると, 「跳於菟」なるまつりがやたらと出てくるが, 原語では何というのだろうか。

(追記) 南方熊楠の引く『大唐西域記』の「烏檡」は, 巻3 (CBETA) の僧訶補羅国(カシミール地方) の話で, 平凡社東洋文庫の水谷真成の注は, サンスクリット otu (猫) 説もあげてはいるが, それよりもチベット語 stag との関係を考えるべきだろうとしている。

投稿時刻 2006-05-08(丁酉) 16:24言語::その他 | コメント (0)

トラ (6)

11. 「虎」

現代ペキン語で lao3-hu, そのほかの諸方言でもだいたい漢字で書けば「老虎」になる形である。 「大猫・大虫」などという地方もあるようだが, タブーをさけるための言いかえに由来するのだろう。

いつから「老」をつけるようになったのか知りたいが, ちょっと資料がない。
(追記) 太田辰夫によると「老鼠」が『大唐新語』(唐代), 「老鵶」が顧況詩(唐)に見えるとのこと。 『祖堂集』(10c)にもこれらの語は見える。 「老虎」の例は『金瓶梅』が載っているが, もうすこし古くからあるだろうと思う。
台湾語では ho'2 と 1音節でいう。 おなじく「老」のつく lao3-shu (ネズミ) のほうは台湾語では niau2-chhu2chhu2 は「鼠」だが, niau2 は「老」が niau1 (ネコ) の影響で変化したもの? lao3-ying1 (トビ)は lai7-hioh8 または ba7-hioh8 という, 全然ちがう言葉をつかう (cf. 還我台灣鳥仔的本名。 なお, このページであてられている漢字は便宜的なものが多いようだ)。

話をトラにもどそう。 「虎」の字は甲骨文にも頻出し(この字を「豹」と解釈する学者もあるが, 「虎」で問題なかろう), 王の狩猟の対象にもなっている。 じっさいに殷墟からはトラの骨が多数出土しており, それほど遠くない地にトラが生息していたらしい。

前述の Matisoff の本の p.172 以降に, チベットビルマ祖語(PTB)の -a と上古中国語(OC)の -o が対応する大量の例をあげているが, そのなかに, さきにあげた *k-la と 「*xo (虎)」の対応も含まれている。 この *xo という上古中国語音はカールグレンの 『Grammata Serica Recensa』 の音をそのまま使ったもので, Matisoff の本の注によると, ベネディクト『Sino-Tibetan: a Conspectus』では *xlo にあらためているそうだ。 「虎」字の属する上古魚部の主母音は a とするのが現在の定説なので, 上の対応は PTB -a : OC -a ということになって, たいへん都合がよい。

OC x- は通常 PTB k- に対応するので, これも問題はない。 しかし, 中国語のトラが xl- のような複子音ではじまっていたかどうかは問題だ。 いっぱんに上古音の声母については根拠にすべき資料が貧弱で, 決定的なことをいいがたい。 たとえば, 「洛」という字は声符として「各」を使っているので, *glak (Baxter の再構では *g-rak) のような音だっただろうとかんがえることができる。 このような例が存在しないばあい, 中古音をもとに再構するしかないが, 上古で異なる子音が中古で同音になることがあるため, 再構された形の信頼性が低くなる。

説文で「虎」を声符とする字は「琥 (虎と同音)」と, あと鬼偏に虎の字 (虎の平声) しかないようだ。 しかし, 「虍」を声符とする字ならたくさんある。 「虍」は単独では荒烏切, すなわち虎の平声で読むということになっているが, こんな字は辞書の外で見たことがないので, その音も信用ならない。 「虎」の字が縦長でしかも複雑すぎるので, 声符にするときには頭部だけに省略したのが「虍」であろう, と一応かんがえることができる。 説文にしたがうと, 「虍」を声符として l- ではじまる字に「盧・虜・慮」があり (正確には「盧」の声符は「盧から皿を除いた字」であり, 「盧から皿を除いた字」の声符が「虍」), さらに「盧」を声符とする字が「驢・蘆・廬・鸕・臚」など, なかなか多い。 このことは「虎」が *xla であったことを支持するようにもみえるが, カールグレンは「盧・虜・慮」は上に書いた「盧から皿を除いた字」を声符とし, 「盧から皿を除いた字」(69a, 甲骨・金文に出てくる) 自体は形声文字ではない, とかんがえている。 さらに, 「虍」が声符だと説文がいっているその他の字, すなわち 「戲の偏」(22)や 「虧の偏」(28, ただし「虧」自体は形声文字ではなく, カールグレンは偏だけの字はあげない)や 「處」(85)も, カールグレンは分けている。 「虚」(78)は項目を分けているが, 上部が声符であることは認めている。 「處」が上古で kh- ではじまっていたことは李方桂があきらかにしており, 現在ではこれも形声文字とすべきだろう。

ひとつの声符をもつ字が x- と l- の両方にまたがる例として, 確実なものがないのも問題だ。 諡の「僖 (x-)」と「釐 (l-)」が通用するくらいのものか。

PTB *kl- が中国語の *x- に対応する例がほかに多くあれば, こんなことをごちゃごちゃいわなくてもいいのだが, Matisoff の本にはトラ以外には PTB *kləy (excrement) と OC 「屎」 の例しかない。 ここで, 「屎」字は「うめく」という意味ではないから, 「矢」と同音だったと仮定すると, 李方桂の再構音なら *hrjidx, Baxter なら *hljij' (hl は無声の l) になる。 だからといって, 「虎」の上古音をたとえば Baxter 式に *hla' とすることはできない。 それでは「土」と同音になってしまうからだ :-)

急発展している中国語上古音の研究をきちんとおいかけていないので, 上にあげた問題点は, あるいは現在では解決しているのかもしれないが, いまの自分が知るかぎりの知識では, 「虎」と PTB *kla が同源であると言いきるには, 音の上の問題があるとおもう。 まあ, もとは同源であるけれども, 何かの理由で不規則な変化をした可能性もある。

投稿時刻 2006-05-08(丁酉) 05:03言語::その他 | コメント (0)

トラ (5)

8. khlaa 系統

クメール語では khlaa。 Wiktionary に khlā-thum とあるが, thum は「大きな」という意味 (アンコール・トムのトムにおなじ) で, khlaa だけでトラの意味になる。

クメール語以外のモン・クメール諸語については見ていない。 いちおう Starostin のサイトの Austro-Asiatic etymology データベースの *la (tiger) のところに載っていることを確認した。

さて, ビルマ語ではトラを ka という。 Matisoff の『Handbook of Proto-Tibeto-Burman』 p.138 によると, ビルマ文語で kyâ, 碑文ビルマ語で klâ (p.70 では klyâ) であり (「^」は高い声調(high, breathy)をあらわす), これはチベットビルマ祖語 *k-la にさかのぼる。 ここで k- は動物をあらわす接頭辞であるが, たんに *k-la が上記オーストロアジア語からの古い借用であるだけでなく, 接頭辞 k- 自体オーストロアジア語に由来するものだという。 トラについていうと, 上のクメール語の khlaa だけでなく, モン語 kula, ムンダ語 kul(a) などにもみられ, おそらく子供を意味する *kon に由来し, ベトナム語で動物につく類別詞 con とおなじものだろうとしている。

なお, チベットビルマ語といっても, チベット語のトラは stag であって, ビルマ語とはぜんぜん異なっている。

9. hổ と cọp と hùm

ベトナム語のトラは hổ, cọp, hùm がある。 このうち hổ は明らかに漢語「虎」に由来するが, 固有語の cọp と同様に, (熟語の一部としてでなく)単独で使うことができる。

十二支の寅は dần で, これも明らかに漢語由来だが, 声調がやや異例である。

10. khaal 系統

クメール語で十二支の寅を khaal という。 khlaa と, khaal はなんとなく似ているが, 関係があるのかどうかは知らない。 タイ語で寅年を pii khaan というが, この khaan は, つづりの上で「khaal」と書かれることから見てもわかるように, クメール語からの借用である。 The Origin of Khmer New Year に十二支の名前の一覧があった。

ベトナム語には khái という語があり, 手元の辞書には 「cọp と同じ」 としか書いていないが, どうやらこれも khaal に関係しそうだ。

投稿時刻 2006-05-07(丙申) 06:23言語::その他 | コメント (0)

トラ (4)

7. harimau と macan と sɨa

インドネシア語でトラを意味する語には harimaumacan があるが, macan はヒョウを意味するのがふつうのようだ。 macan loreng (縞のある macan) というとトラの意味に限定される。 タガログ語の musang (ヤマネコ) と同源だろうか?

harimau のほうは, なんとなく合成語っぽいが, hari (太陽) と関係させようとおもっても意味があわない。

これだけではおもしろくないので, 買っただけで放置してあった Benedict の『Austro-Thai』をついでに読んでみた。 これは南島語族とタイ語をふくむカダイ語族(と, さらに Miao-Yao) が同系であることを証明しようとする本で, 1970年代に出版されたものなので, 現在はもっと研究がすすんでいるはずだということをおことわりしておく。

この本の「TIGER, CAT」の欄を見ると, 祖語として *s[a]rimaw をたて, harimau と, タイ語の mɛɛu (ネコ) をつなげている! 後者は *limau が metathesis をおこして *mlyau になったと解釈するらしい。 ひええ。 おもしろいが, mɛɛu はネコの鳴き声に由来するものだとかんがえたほうがいいだろう。

では, タイ語の sɨa (トラ)が, この本でどうあつかわれているだろうか, と見ると, 「CAT, TIGER」の欄に, 祖語として *[p]u(n)tsa[q] を立てて, 原インドネシア語の **put'a['] (** がついているのはデンプウォルフの再構形をもとにした形) とむすびつけている。 タガログ語の pusa (ネコ) であろう。 トラがネコに, ネコがトラに……。 ベネディクトの考えでは, タイ語に特徴的な「ɨa」という音は, 唇音要素が先行していたことの反映であって, この語でもそれがあらわれている, ということらしい。 同様の例として, タイ語 dɨan (月 < *'blɨan) とインドネシア語 bulan (月) など, いくつかの例をあげているが, あやしげな例もある。

Starostin のところにある Austro-Asiatic etymology では, タイ語 sɨa*sar (cat, fox) のところに載っていて, 原インドネシア語にはむすびつきそうにない。 しかし, その一方 Austric etymology の *puCa では, 原南島語の *put'ah と原タイ語の *sɨa(A) を同系としている。 うーん。

十二支の寅については, またあらためて。

投稿時刻 2006-05-05(甲午) 11:14言語::その他 | コメント (0)

トラ (3)

5. namir 系統

アッカド語 nimru (ヒョウ), アラビヤ語 namir (ヒョウ・トラ), ヘブライ語 nāmēr (ヒョウ)。 ヘブライ語旧約正典にはこの系統の語が 7回でてくる。 ダニエル書 7.6 の nəmar はアラム語, それ以外(雅歌4.8, イザヤ11.6, エレミヤ5.6, エレミヤ13.23, ホセア13.7, ハバクク1.8) では nāmēr (または複数 nəmērîm) の形であらわれる。 新共同訳ではすべて「豹」と訳されている。 たいてい単独ではなく, 他の猛獣(「獅子」・「狼」・「熊」)と対になって出てくるが, 「獅子」('ărî, 'aryêh, kəphîr など) が 100回以上でてくるのにくらべると, ヒョウの頻度は低い。 あまりなじみのない獣だったのだろう。 聖書にトラが出てくることはないようだ。

現代ヘブライ語では, ヒョウは nāmēr をそのまま使うが, トラは西洋式に Tîghrîs という。

Starostin サイトにある Semitic etymology database の *namir- を参照。 セム語族に広く見られるが, トラのみを意味するものはなさそうだ。

6. tigris 系統

ギリシア語 tigris (トラ, 母音の長短はよくわからない)。 ヨーロッパ諸言語(印欧語族かどうかを問わず)でトラを意味する語は, ほとんどがこれに由来する。 古典期のギリシア人にはトラは知られていなかったようで, Abridged 版 Liddell and Scott には載ってすらいない。

アヴェスター語に tiγra- (とがった), tiγray- (矢) という語があり, ギリシア語の形は, これの借用だろうといわれている。 Lewis and Short ラテン語辞典の tigris の項目や, American Heritage の *steig- を参照。

しかし, イラン語の「矢」を借用してトラの意味に使ったというのは不可解だ。 「トラ」という意味のイラン語を借用したとか, 「矢」という意味のギリシア語をトラにあてたというのであれば話はわかるが。

Starostin のデータベース *(s)teig- や Pokorny の辞書 *(s)teig-tigris が載っていないのは借用だからか, それとも語源が確かでないからか。

チグリス川との関係はよくわからない。 Gesenius の旧約ヘブライ語辞典によると, シュメール語ではこの川を idigna, アッカド語では idiqlat / diqlat という。 ペルシャ語の名称はアッカド語を借りたものかもしれない。

投稿時刻 2006-05-04(癸巳) 14:36言語::その他 | コメント (7)

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