難波宮跡出土木簡の和歌?

大きなニュースになっているようだ。

徳島新聞は比較的大きめの写真をのせているが, 肉眼ではよめそうにない。 読売の記事は赤外線写真をのせ, 朝日の記事は模写をのせているが, 両者はすこし異なっている(「佐」の右下の部分など)。

記事によると, 「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」と書かれていて, 「はるくさのはじめのとし」と読むという。 しかし, いくつか疑問がある。

  1. 「皮(上古歌部・中古支韻)」を「は」の仮名としてつかうのは, 元興寺露盤銘に「そが(蘇我)」を「巷」, 元興寺釈迦仏光背銘に「かしきやひめ」を「斯岐比彌」 と書いているのと同様とかんがえられ, おそらくは古い漢字音を反映しているのだろう (赤外線写真をみると, やや変な形にかかれているのが気になるが)。 ただし, これらの推古朝遺文でも「は」は「波」がふつうで, 「皮」をつかっているものはないようだ。
  2. 「はじめ」の「じ」が「斯」と清音の仮名で書かれているのがやや疑問。
  3. 「之」は本当に「の」なのだろうか。 この時代に訓があったことは地名表記などからわかっているが, 観音寺遺跡や五重塔の落書の「難波津」の歌はいずれも音仮名だけで書かれており, 音と訓をまぜるのは新しい時代の特徴だとおもう。 あるいはこれも音で「はじめしとし」と読むのではないか。
  4. 上代特殊仮名遣に関しては, 「はじめ」の「め」に使われている「米」は乙類で問題ない。 しかし「とし(年)」の「と」は乙類のはずなのに「刀」は甲類の仮名で, あわない。
  5. 「はるくさの」は万葉集で枕詞として使われているが, 「はじめ」や「とし」にかかる例はない。

釈字がほんとうにこれで正しいのか, ほんとうに 7世紀中ごろのものなのか, もっと検討する必要があるとおもう。

投稿時刻 2006-10-16(戊寅) 05:47言語::日本語 | コメント (2)

現在のコメント:

はじめ&とし

>「はじめ」の「じ」が「斯」と清音の仮名で書かれているのがやや疑問。

岩波の古語辞典に依れば、「はじめ」は「ハ(端)とシメ(占)との複合が連濁を起こした語。物事の端緒・先の方を占有・占領する意。」と有ります。

いつから日本語で連濁が始まったのか、ということも定かでは有りませんが、もしかすると、この和歌が書かれた頃は、まだ「はじめ」ではなく、「は・しめ」だったかも知れませんし、或いは、口語では既に「はじめ」になっていたが、雅語としては「はしめ」が好まれた、という可能性も考えられます。

>「とし(年)」の「と」は乙類のはずなのに「刀」は甲類の仮名で, あわない。

名詞の「年」ではなく、形容詞の「疾し」と考えたら如何でしょう。「若草は、初めは、伸びるのが速い」と。そう釈れば、「繁し」とも通ずるような気がします。12字目は疑問を表す助詞の「や」でしょうかね。

投稿者: Maniac C. 投稿時刻: 2006/10/21 (Sat) 01:55:32

Re: はじめ&とし

> はしめ

古い例といっても 7世紀中頃だそうなので, 万葉集などとそんなに言葉がちがうとはかんがえにくいです。万葉集では一貫してジ(自)がつかわれているので, どうなんでしょう。清濁をあまり気にしない表記法を使っていたのかもしれません。

> 形容詞の「疾し」

あるいは「戸」に「し」がついたとか。意味がわかりませんが :-) 万葉集に「年(・春・花)のはじめ」はたくさんありますが, 逆は「はじめの時」しかないようですね。

投稿者: massangeana 投稿時刻: 2006/10/23 (Mon) 13:41:21

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