この 15字のうちで, 『詩経』で押韻しているのは, 9. の「萎」だけだ。 小雅・谷風の三章に 「習習谷風, 維山崔嵬。無草不死, 無木不萎。忘我大徳, 思我小怨。」 とあるのがそうだ。 「崔嵬」はほかに巻耳でも押韻していて, 微部に属する。 したがって, それと押韻している「萎」も微部, といいたいところだが, そうすると最後の「怨」(元部)が押韻せずに浮いてしまう。 王力『詩経韻読』では「微元合韻是旁対転。」というが, 納得しがたい。 せっかくの押韻例だが, これだけから何かを言うのはむずかしい。
王先謙『詩三家義疏』によると, 『玉篇』の引く韓詩には「崔嵬」を「岑原」にしている。 この場合「原・怨」が韻をふんで(声調がちがうが), 「萎」が浮くことになる。 また徐幹『中論』の引く詩(王先謙によると魯詩)では, 「習習谷風, 惟山崔巍。何木不死, 何草不萎」 と, 「嵬」でなく「巍」になっている。 「巍」は『説文解字』によると「委」が声符だから, 「萎」と韻をふむのは当然, ということになる。 テキストに問題の多い詩のようだ。
『詩経』が「倭」の音をかんがえる材料としてつかえないことがわかったが, まだ方法はある。 中古音の分布をしらべる方法だ。
しかしその前に, 15. 「餧」についてかんがえる必要がある。 「「倭」字について (2)」に書いたように, 『干禄字書』では 「餒」を奴罪反, 「餧」を於偽反としている。 ところが大徐本は「餧」を奴罪反としているので, 『干禄字書』と矛盾している。 段玉裁は, 『論語』郷党「魚餒而肉敗, 不食。」につけた『経典釈文』の 「奴罪反。説文云: 魚敗曰餒。本又作[魚妥]。字書同。」 および, 『爾雅』釈器「肉謂之敗, 魚謂之餒」の『経典釈文』 「奴罪反。説文云: 魚敗曰餒。字書作[魚妥], 同。」 を根拠に, 『説文解字』にはほんらい「餒」と書かれていたとする。 どういうわけか『説文解字』には「妥」の字が載っていないのだが, 許慎の当時もこの字はあったはずで, 「妥」を声符とする「綏・桵」は『説文解字』に載っている。
音のうえからいっても, 「餒」であったほうが理屈にあうので,
段玉裁の修正を受けいれたほうがいいだろう。
「綏」は『詩経』でしばしば押韻字としてつかわれていて,
微部であることがあきらかだが,
「奴罪切」ということは賄韻(灰韻の上声)で,
上古で微部の字は中古音でしばしばこの韻になる
(ただし, 「妥」は中古果韻(戈韻の上声)で, 微部らしくない)。
声母(音節頭子音)についても,
中古音で「妥」は th-, 「綏」は s-, 「奴罪切」は n-
であるが, このように n- と s- と th- がおなじ声符をとることはほかにもある。
n- と th- の関係について,
李方桂は上古において無声の n (hn) があり, これが(直音で) th-
になったという仮説を立てた。
また「綏」については sn- のような複声母をかんがえるべきだろう。
(李方桂は上古音に sn- があったことを認めているにもかかわらず,
「綏」の上古音を stjəd とするが,
りくつが合わない。)
さて, そうすると, のこりの 14字の中にも, ほんらい声符が「妥」だったものがあるのではないか, という疑いが生じる。 げんに段玉裁は 4. 「捼」も「挼」が正しいとしている。 ほかに n- のような音(泥母・娘母・日母) ではじまっている字には, 6. 「痿」, 7. 「緌」, 11. 「諉」, 14. 「[金委]」がある。 このうち 7. 「緌」については, 「綏」がべつなところに載っているので, つくりが「妥」でなかったことがあきらかだが, 「緌」の反切が「桵」とおなじなのが不審。 ほかの字の反切がまぎれこんだ可能性がある。 とにかく, これらの反切をあつかうときは注意する必要がある。
投稿時刻 2006-09-26(戊午) 17:29 於 言語::中国語 | コメント (0)