「倭」の上古音の話に関連して。
歌部が上古において -aj のように -j でおわっていたとかんがえると,
「吾」と「我」の問題が理解しやすくなる。
先秦の文献で, 主格・属格には主に「吾」があらわれて「我」はすくなく, 対格には原則として「我」のみがあらわれることは, 19世紀以来, いろいろな学者がとりあげている。 しかしこれを格変化とかんがえると,
といった現象がうまく説明できない。 この問題について, 学生時代にゼミであつかったことがあるが, 自分で納得できる仮説をもつことができなかった。
ここで思いおこされるのは, 日本語に関する有坂秀世氏の「露出形」と「被覆形」のことである。 日本語では「あめ(雨)」と「あまよ(雨夜)」, 「ふね(船)」と「ふなびと(船人)」 のように, 語末でエ段(乙類), それ以外でア段があらわれる場合がしばしばある。 そして大野晋氏などによれば, エ段乙類は, 文献以前の時代には ai だったろうとかんがえられている。
もし,
上古音で「吾」が ŋa, 「我」が ŋaj だったとすれば,
(声調がことなるが)
その音の関係は日本語のア段とエ段乙類の関係によく似ている。
日本語の場合, 「露出形」と「被覆形」のどちらが先にあったのか,
はっきりしないようだが,
中国語の場合, 文献的には「我」のほうが古い。
主格のときは後ろに動詞がつづき,
属格のときはうしろに修飾される語がつづくので,
おそらく, ŋaj のおわりの -j が省略されて,
「被覆形」の ŋa になったのだ。
このようにかんがえると, 主格・属格で「吾・我」の両方が出てくる原因は, 「代名詞のあとに息の切れめがある場合には, 露出形の「我」があらわれた」 と説明できる。 『孟子』では, 「X Y 也」(X は Y である)の構文で, X の部分には「吾」でなく「我」がつかわれることが指摘されているが, この構文では X のあとにとりわけはっきりした息の切れめがおかれたのだろう。
動詞に先だつ対格の一人称代名詞で「吾」がつかわれることがあるのも, おなじように「吾が後続の動詞とひと息に発音されたから」と, かんたんに説明できる。
呂叔湘・江藍生『近代漢語指代詞』(学林出版社 1985) p.2 に,
大概在語音上我字是比較強勢的一箇, 周秦之際它已経拡展到吾字的領域。
という, ごく簡単な説明がある。 呂叔湘がどんな「語音」を想定していたのかが不明だが, わたしはこの文の前半にだいたい賛成する。 ただ, 文の後半は, 「我」が強勢のある語だったので後世まで生きのこったと言っているようにも読めるが, そうではなくて, 「吾」がある時期の一部の方言における省略形にすぎず, しばらくしたら流行しなくなったのだろう。 とくに後漢以降は歌部の -j はすでに脱落していただろうから, 「吾」と交替する意味はなくなってしまったはずだ。
古代中国語の代名詞の「格変化」といわれているものには, ほかに「余・朕」, 「女(汝)・爾」などがあるが, これらについてはまた別にかんがえねばならない。 また, チベット語の nga との関係もよくかんがえる必要がある。
投稿時刻 2006-11-16(己酉) 16:28 於 言語::中国語 | コメント (0)