柚
向井武彦氏のサイト
にある, 「物の名前の由来や語源に関する掲示板」
で,
中国語では「柚」がザボンのことである, という話をわたしがしたところ,
Maniac C. さんから, ふるくは中国でもユズであったのが,
のちにザボンの意味になったのではないか, と言われた。
たしかに, 『中日大辞典』の「柚」の(3)に,
「ユズ: 古くはこの意味で用いられた.」
と書いてあるが, 実際の例を示していない。
で, しらべてみようとしたが, 本草方面には詳しくないので,
これがなかなかわからない。
「橘・橙・柚」はいずれも古い用例がある
(「柑」の字はやや新しいが, ふるく「甘」と書いた例は見える)。
まず, 類書などに引かれる古い例をまとめてみた。
- いちばん古いのは『書・禹貢』の揚州のところに出てくる「厥包橘柚錫貢」
であり, 揚州および荊州, すなわち長江流域を産地とする果実であったことがわかる。
注には「小曰橘, 大曰柚」とあるが,
禹貢の孔安国伝と称するものは後世の偽作であることがわかっており,
これがいつごろつけられた注なのか, よくわからない。
- 『荘子・天運』に「故譬三皇五帝之礼義法度, 其猶柤梨橘柚邪。其味相反而皆可於口」
という言葉がある。
「柚」が可食であったことがわかる。
- 『韓非子・外儲説』に「夫樹橘柚者, 食之則甘, 嗅之則香。
樹枳棘者, 成而刺人。故君子慎所樹」という。
ほかの書では酸いと書いてあるので, ちょっと異例である。
- 『列子・湯問』に「吳楚之国, 有大木焉。其名為櫾。碧樹而冬生, 実丹而味酸。
食其皮汁, 已憤厥之疾。斉州珍之」うんぬんという。
この「櫾」は「柚」に等しいとかんがえられている。
「柚」に関する古い文献では, 列子がもっともくわしく記述している。
- 『呂氏春秋・孝行覧・本味』に「果之美者, (中略)江浦之橘・雲夢之柚」
という文がある。
とりあえず湖北に産したということはわかる。
- 『芸文類聚』巻87には「『月令』曰: 食橘柚」とするが,
『礼記・月令』にこの文は見えない。
『月令』と名のつく本にはほかに『四民月令』『斉人月令』などがあるが,
どの書のことか不明。
- 『山海経・中山経』では荊山・綸山・銅山・葛山・賈超之山・洞庭之山
について「橘櫾」などが多いとしている。
郭璞注は「櫾, 似橘而大也。皮厚, 味酸。」という。
- 東方朔『楚辞・七諫』に「斬伐橘柚兮, 列樹苦桃」とある。
王逸は「橘柚, 美木」としるすにとどまる。
- 司馬相如『上林賦』および『子虚賦』にも「柚」が出てくる。
『子虚賦』の「樝梨梬栗, 橘柚芬芳」について, 『漢書』司馬相如伝の顔師古注に,
「柚即橙也。似橘而大, 味酢皮厚」とするが,
張守節『史記正義』の同じ箇所で, 「小曰橘, 大曰柚。樹有刺, 冬不凋, 葉青花白子黄赤。
二樹相似, 非橙也。」
とするのは顔師古を批判したものであろう。
また, 『上林賦』の「於是乎盧橘夏孰, 黄甘橙楱」
についても, 『文選』の李善注では「橙, 橘属也」とするだけだが,
『漢書』の顔師古注では「橙即柚也」とする。
顔師古注は, ほかの本の説明とだいぶちがう。
なお『史記』司馬相如列伝の引く『上林賦』には「葴橙若蓀」という句があって,
「郭璞曰: 葴, 未詳。橙, 柚。若蓀, 香草也」という注がついているが,
『文選』や『漢書』では本文が「葴持若蓀」になっており, 「橙」は出てこない。
- 『淮南子・説林訓』(略)
- 『爾雅・釈木』は「柚, 条」と簡単すぎてよくわからない。
「橘」や「橙」は載っていないが, 自明の語だから載せなかったのだろうか。
郭璞注は「似橙実酢, 生江南」という。
ほぼ説文とおなじ。
なお, 徐朝華『爾雅今注』(1987)は, この「柚」をザボンのことだとする。
- 『説文解字・木部』は「木」字のつぎに
「橘, 果出江南。从木矞声」
「橙, 橘属。从木登声」
「柚, 条也。似橙而酢。从木由声。夏書曰厥包橘柚」
とならべてある。
「櫾」は別にあり, 「崐崘河隅之長木也。从木繇声」とする。
段注によると, ここの許慎の説明は
『山海経』や『国語』で「榣木」と言っているものについてであり,
「柚」とは別だという。
- 左思『蜀都賦』に, 「家有塩泉之井, 戸有橘柚之園」という句があるので,
晋以前にすでに「橘柚」が蜀で栽培されていたとかんがえられる。
ただしこの句は楊雄『蜀都賦』の「西有塩泉鉄冶, 橘林銅陵」をふまえているもので,
かならずしも事実をしるしたものではないかもしれない。
文選のこの句の注は「大曰柚, 小曰橘」という。
- 晋の周処が書いた『風土記』(『芸文類聚』所引)に,
「柚, 大橘。赤黄而酢也」という。
- 晋の裴淵が書いた『広州記』に, 柚について「実如升大」と書いてあったらしいことが
『斉民要術』『芸文類聚』『太平御覧』などに引用されているが,
これは「鐳柚」という別の植物であったようでもある。
以上からわかることは, 「柚は橘に似て, 江南から蜀に産し, 冬に実をつける。
橘より実が大きくて丸く, 皮が厚く, 酸味がある(ただし韓非子には甘いと書いてある)」
ということで, どのくらい大きいかが書いてないので,
これだけからは, ユズであるかザボンであるかはあきらかでない。
せめて橙とどっちが大きいか書いてあればいいのだが。
実をそのまま食べるようなので, ユズでないようにも思えるが,
『列子』の「食其皮汁」はユズっぽいか?
投稿時刻 2006-02-13(癸酉) 14:18
於 言語::中国語
| コメント (9)
とげに注目してください。
わざわざ調べてくださり、有り難う存じます。
下記URLのHPに拠ると、晋の張華が選述した『博物志』や宋の唐慎微が書いた『紹興本草』にも記載が有るそうです。(ここにウテムラサキと書いてあるのはウチムラサキの誤記でしょうね)
http://park16.wakwak.com/~yuzu/play/tour/nanten.htm
上記3.には「枳(えだ)の棘(とげ)」の記述が有るので、ユズでしょう。9.にも「刺(とげ)」について記されています。品種改良されたのかも知れませんが、ザボンにはとげが無いはずです。
投稿者: Maniac C. 投稿時刻: 2006/02/15 (Wed) 00:30:28
Re: とげ
Maniac C. さんどうも。この話はまだ続く予定なのですが, 本草関係の文献をぜんぜん持っていないのでどうしようかと思っているところです。
トゲについては私も考えたのですが, ここにはザボン(写真があるのでまちがいない)は「有棘針」だと書いてあるのですよ。
http://design.view.org.tw/stu004/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E9%80%B1%E4%B8%AD.htm
こっちでは「無柚不刺」ということわざまで引いています。
http://staff.whsh.tc.edu.tw/~huanyin/anfa/c/anfa_chuche1_9.htm
したがって, 中国の(?)ザボンはトゲがあるのではないかと。
投稿者: massangeana 投稿時刻: 2006/02/15 (Wed) 09:42:47
「甘い」って昔も同じ意味でしょうか
> 酸味がある(ただし韓非子には甘いと書いてある)
いまは甘いというと砂糖を思い浮かべますが、昔は砂糖はなかったわけで、「甘い」の意味が違う可能性もあるのでは
蜜はあったそうですね。旧約聖書にも出てきますな。
投稿者: すのもの 投稿時刻: 2006/02/16 (Thu) 01:56:59
甘いもの
古い中国で甘いものの代表というとたぶん「飴」でしょうか。もち米を蒸して, 麦芽を加えることで, でんぷんを糖化したものだったようです。
投稿者: massangeana 投稿時刻: 2006/02/16 (Thu) 14:43:45
確かに飴がありましたな
ちょっと負け惜しみみたいですが、思い出した話をひとつ。
イチゴは、甘いと感じるものでも、てんぷらにするとかなり酸味を感じるので、砂糖をたっぷりまぶしてから揚げる、と昔ハゲ天で読みました。甘いと感じるかどうかはシチュエーションによる、という例です。
投稿者: すのもの 投稿時刻: 2006/02/17 (Fri) 18:04:53
も一つ負け惜しみ ^^;
> 酸味がある(ただし韓非子には甘いと書いてある)
「柑」であると書いてあったのに木へんが抜け落ちて「甘」になった、ってことはないでしょうか。
投稿者: すのもの 投稿時刻: 2006/02/17 (Fri) 22:26:59
上に原文載ってたのか~
読まずに憶測で書いてました。取り消します。>一つ上
投稿者: すのもの 投稿時刻: 2006/02/18 (Sat) 13:10:48
補足
>とげ補足
ちょっとうっかりしてましたが, Maniac C. さんの 3. であげられている「枳棘」というのは, 柚のトゲのことではなくて, カラタチなど別の植物のことです。ただし 9. に「樹有刺」とありますから, いずれにしてもトゲがあったのはたしかでしょう。
>甘と柑
9. の上林賦にでてくる「黄甘」というのは「柑」のことであるようです。
投稿者: massangeana 投稿時刻: 2006/02/19 (Sun) 07:07:06
わっ、これも書いてあった
> (「柑」の字はやや新しいが, ふるく「甘」と書いた例は見える)。
すみません。
投稿者: すのもの 投稿時刻: 2006/02/20 (Mon) 03:23:22
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とげに注目してください。
わざわざ調べてくださり、有り難う存じます。
下記URLのHPに拠ると、晋の張華が選述した『博物志』や宋の唐慎微が書いた『紹興本草』にも記載が有るそうです。(ここにウテムラサキと書いてあるのはウチムラサキの誤記でしょうね)
http://park16.wakwak.com/~yuzu/play/tour/nanten.htm
上記3.には「枳(えだ)の棘(とげ)」の記述が有るので、ユズでしょう。9.にも「刺(とげ)」について記されています。品種改良されたのかも知れませんが、ザボンにはとげが無いはずです。
投稿者: Maniac C. 投稿時刻: 2006/02/15 (Wed) 00:30:28