グローリア

Gloria in excelsis Deo.
A:ようやく「グローリア」に戻ってきましたね。 多少慣れてきたので, これから B さんにやってもらいましょう。
B:B です。はじめまして。まず冒頭から。 おおっ,知らない単語が1つもない。
A:そりゃ,「サンクトゥス」でやったばかりですからね。当然です。
B:gloria は今度こそ主格ですね。 Deo というのは ite missa est のあとに出てきました。「神に」です。 まとめて,「栄光が,いと高きところに於て,神に。」 動詞が一個も出てこないのがなんだか不安ですが…
A:なんだか語順が 日本語のソレになってませんが, まあ結構です。 Deo はここでも与格ですが,奪格も同じ形になります。


Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.
B: これはちょっと長いですね。しかも後ろの3つの単語は見たことない。
A:新出単語を主格に直してリストアップしておきましょう。

homo ホモー 人 (男性 athematic)
bonus ボヌス 良い
voluntasウォルンタース意志 (女性 athematic)

B:homo は男性なのに -s がつかないんですか。
A:辞書には属格の形も載ってるはずで, それを見ると hominis となってますね。 この -is は属格の語尾なんですが,これを取り除いた部分が -n- で終る名詞 (男性・女性) は n も s も落ちてしまいます。 ギリシャの神アポロンがアポロに化けてしまうのはそのせいです。 ただし中性には s がつかず,n は残ります。nomen がすでに出てきましたね。 ここでは -ibus という語尾がついてますが, これは複数の与格/奪格の形です。
歌うのを聞いてると,前の pax とひっつけて「パークソミニブス」と言 ってるように聞こえます。
B:なんだか新しい話が多くて,ちょっと混乱してますが…
次の bonae の -ae は何ですか。
A:-ae は女性単数属格/与格 および女性複数主格に使われます。
B:ずいぶんいろいろあるんですね。
A:でも,女性だから hominibus でなくて voluntatis を修飾する,という ことはわかりますよね。
B:voluntatis はそのまま辞書に書いてあるので, 単数属格とわかります。
A:さっき言った -is がついてるわけです。 -is を除いた部分が t や d で終る名詞 (男性・女性) では, 主格でその t, d が落ちます。
B:あとは,「一致」によって bonae は女性単数属格と。 まとめると, 「良い意志の人々」ですか。
A:というか,「良い意志をもつ人々」ですね。 こういう風に形容詞+名詞の属格で 性質・特徴を表すのは 決まった言い方のようです。
B:「良い意志を持つ人々」って 具体的には誰を指すんですか。 自分達のこと?
A:うーん,そうかもしれませんが…。 ほんとうは,単に「人々に平安がある」と言いたかったんだけど, 教理上,悪者に平和が与えられないので付け加えた, ということはないんでしょうか? (自信なし)
B:「天においては神に栄光,地においては人々に平和」 って 対句になってるんですよね。 どうして pax in terra と揃えなかったのかな。
A:平衡感覚が中国と違うんでしょうね…


Laudamus te. Benedicimus te. Adoramus te. Glorificamus te.
B:なんか羅列してるというのはわかりますが…
A:-mus が続いてますね。 これは動詞の一人称複数の語尾です。 単数に直すには -o に直せばいいから…
B:laudao ですか?
A:いや,違います。 tollis が tollo になったように,前に置かれた母音の -a- -i- ごと取り除いてやる必要があります。 -i- は除かないこともありますが (Sanctus の venio を参照) 。
B:すると, 順に laudo, benedico, adoro, glorifico ですか。
A:benedico は「ベネディクトゥス」で出てきましたね。 te (テー) というのは tu (汝) の対格です。
B:これで 2番目は「我々は汝を褒める」だとわかりました。 「汝」は 神のことを指しているのですね。
A:言葉を補えば nos benedicimus te Deum ということですね。 残りは初出単語なので,並べますと

laudoラウドー 讃える
adoroアドーロー 崇拝する
glorificoグローリフィコー 栄光を讃美する

A:後ろの2つは 英語にも adore, glorify としてはいっています。
B:なんだかどれも大差ない意味だなあ。 glorifico というのは gloria と関係のある言葉ですよね。
A:gloria に facio (する・作る) がついてできたものです。 日本語訳では「ほめ」「たたえ」「おがみ」「あがめ」となってます。
B:いままで動詞が出てこないのが不満でしたが, いきなり動詞過剰になってしまいました。


Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam.
B:またなんだか難しいのが出てきた。 gloriam tuam は gloria tua のなんとか格。
A:-am は requies sempiternam でちゃんと出てきたでしょ。
B:じゃあ,女性対格「汝の栄光を」。
A:もう女性単数は全部の形が出てきてますね。 主格 a, 対格 am, 属格・与格 ae, 奪格 a (長い) です。
B:gratias も前に出てきた「感謝 (複数) を」。 あとはわかりません。
A:でも多少見当はつくでしょう。
magnam は -am がついて「一致」してるからわかるように,後ろを修飾す る形容詞です。女性対格。
agimus は -mus がついてるから動詞の一人称複数。
残った propter は前置詞で,対格を目的語に取ります。まとめると:

magnusマグヌス大きい
agoアゴー導く,追いやる,動かす,行う,する
propterプロプテル〜の近くに,〜のために (理由)

A: agnus と同様,magnus もイタリア式発音だと「マニュス」と読みます。
agent とか action とかみんな ago から出てます。 ここでは「感謝する」というかわりに「感謝をする」と言っているものです。
tibi (ティビー) は tu の与格です。
B:「大きい」ってのはメジャーじゃないんですか?
A:major (マーヨル) というのは magnus の比較級です。
B:なんか,超基本単語ばっかりだったようですね。
A:じゃ,まとめて訳して下さい。
B:「汝の大きな栄光のために,我々は汝に感謝をする」。


Domine Deus, Rex caelestis, Deus Pater omnipotens.
B:羅列は続くよどこまでも。
A:お経なんかでも, これでもかと仏様の名前が出てくるのがよくありますね。 文字に書くと冗長ですが,口に出して言うと 並べ立てること自体が気持ちいい。
B:そうですかねえ。 それはともかく,馴染み深い単語が多いのでほっとします。 では新出単語をどうぞ。

caelestisカエレスティス天の (形容詞)
omnipotensオムニポテーンス全能の (形容詞)

A: Rex, Pater は Sanctus の討論の所でちらっと出てきたので そっちを見てください。
caelestis は新出ですが, 何となく見たことあると思います。 イタリア式発音では もちろん「チェーレスティス」と読みます。
B:楽器の名前にありますね。 今までの形容詞は全部 -us で終ってたと思いますが。
A:名詞ではいくつかありましたが, これは athematic な形容詞です。 幸い主格の形で出ているので,性・格などの変化の説明はとばします。
omnipotens も athematic な形容詞です。 これも辞書にそのままの形で出ているので変化の説明省略。 omnis (全ての) という形容詞と,possum (できる) の現在分詞 potens からなる複合語です。 ヘンデル「メサイア」の有名なコーラスにこの語が出てきたとき, あまりにも英語らしくない綴りなので印象深く, その結果, この単語を覚えてしまいました。 それまで「全能」はオールマイティしか知らなかったし。
B:そうすると Deus Pater omnipotens は 「全能の父なる神」ですか。 同格ですよね,これは。 やっぱり同格は後ろの名詞が説明になるんじゃないですか。 だから Dominus Deus も「神なる主」ですよ,やっぱり。
A:うーん。そうかもしれません。 (弱気)
B:では 「神なる主,天の王,全能の父なる神」と訳すことにします。 「グローリア」で神と天を結び付けているのはこれが2回目ですね。
A:Domine と呼格になってるので, そう訳さなければいけません。
B:他は呼格にはなってませんが。
A:Deus, Rex, caelestis は主格と呼格の区別がありません。 というか, 呼格があるのは thematic な男性名詞の単数だけです。 その割にはよく出てきますが。
B:Deus は -us で終ってますが。
A:Deus だけは例外的に主格と呼格が同形になります。


Domine Fili unigenite, Jesu Christe.
Domine Deus, Agnus Dei, Filius Patris:
B:キリストは「キリエ」以来,ひさしぶりの登場ですね。
A:さっきのが父なる神で,今度は息子 (Filius, これも Sanctus の討論に出てきた) の方です。新出単語いきます。

unigenitusウーニゲニトゥスひとり子の (形容詞)
Iesus イエースース,またはイエス
Jesus イェースース

B:Fili というのは属格ですか? Filii じゃなくて?
A:いえ,これは呼格の形です。 -ius で終る奴の呼格はこうなります。 属格は Filii と Fili の両方あるそうです。
ついでに unigenite も呼格です。 ce がチェになるのと同様,ge はジェと読みます。 unus (1) と gigno (生む) の受動完了分詞の複合語です。
B:「ひとり子」っていうのは処女懐胎のせいで 親がひとりだけ,っていう事かと思ってました。
Jesu も呼格の例外ですか? Jese じゃなくて?
A:そのようですね。 母音に挟まれた s ということで,イェーズースと読みます。 ギリシャ語で Ie:sous ですが,実はヨシュアを ギリシャ語風になまったものだそうです。 マタイによると「救う」というような意味のようです。
B:前に出た Hosanna と関係あるようですね? David は不変化なのに Jesus は変化するんですね。 これで Domine Deus までは呼格が並んでることがわかりました。 そのあとの Agnus, Filius は主格の形になってますね。 これはやっぱり後ろの qui tollis ... 以下の関係節の 先行詞となってるからでしょうか。
A:さあ。 翻訳を見るとどっちも「〜よ」をつけてますね。
B:「ひとり子なる主,イエス・キリストよ。 神なる主よ,神の小羊,父の子は」。 「父の子」って当り前じゃありませんか? 子は父の子であり,父は子の父でしょうに。
A:Pater が大文字になっているので, ふつうの父でなくて特定の父,神を指しているとわかります。
B:いままで大文字で出てきたのは, Jesus, Christus, Dominus, Deus, Sanctus, Rex, Pater, Filius, Agnus, Sabaoth, Hosanna がありました。


Qui tollis peccata mundi, miserere nobis:
Qui tollis peccata mundi, suscipe deprecationem nostram:
Qui sedes ad dexteram Patris, miserere nobis.
A:1行目はもういいでしょう。 コロンの位置が「アニュス・デイ」と違ってますが, あとは同じです。
B:いままで栄光を讃えてたのに, いきなり憐れみ路線になってしまいました。
では, 次の行の新出単語を。

suscipioススキピオー支える,受け入れる
deprecatioデープレカーティオー嘆願, 祈り

A:suscipe ってのは特徴のある響きをしてますよね。 sci, sce は「シ,シェ」のように読みます。しかも日本語・英語風じゃ なくて,フランス語みたいに口をとんがらかさなきゃいけないらしい。 suscipe はその命令の形です。
B:いままで命令は dona ってのが出てきましたが, ずいぶん違う形ですね。
A:動詞が複雑になってきました。 この単語は複合語で, sub (下) + capio (つかむ) です。
deprecatio の ti の発音は (Agnus Dei のところで出てきた) gratias を参照。 deprecor (デープレコル,嘆願する) から派生した名詞です。 さらに, この動詞は接頭辞 de (除去) に precor (願う) がついたもので, misereor で出てきた deponentia の1つでもあります。
B:「除去+願う」がなんで「嘆願する」になるんですか?
A:Lewis and Short では
deprecatio ... a warding off or averting by prayer
となってます。祈りによって何かを避ける,と解釈してるようですが 本当かどうか…
B:そのあとの nostram は?
A:これはもう出てきたでしょう。 Pater noster の noster です。 形容詞ですから修飾する名詞に一致します。 deprecatio (女性) は homo と同じく,n で終る athematic 名詞。 deprecationem はその対格。 dona nobis pacem の pacem と同じ形ですね。 よって noster も女性対格の語尾 -am をつけてる訳です。
B:でもさっき deprecatio が出てきたときは 女性だなんて言わなかった…
A:-tio (現代諸国語だと -tion) で終る 名詞はたくさんあって,みな女性です。 だから言わなくてもわかる。
B:Pater noster はどうして Pater nostrus といわないんですか? Pater の -er に合わせたの?
A:Pater は athematic ですが,noster は違います。 しかし,語尾を除いた部分がrで終る名詞の場合,単数主格はこういう風 に -er で終るのが原則です。 ほかの格は -us で終る名詞/形容詞と同じ変化をします。
B:尋ねついでですが, こないだの「父の子」では「父の」は属格でしたよね。 どうして nos の属格を使わないんですか?えっと,属格は…
A:Pater nostri と言わない理由ですか? なんでか知らないけど,代名詞には 属格と別に形容詞の形があって,そっちを使います。 これはドイツ語とか ロシア語でも一緒です。 英語だとなんだかはっきりしませんが…。 形容詞なので,修飾する名詞に一致します。 「我々の」と「〜の」がついているのにひきずられると 変になります。 文法の本では所有代名形容詞,なんて呼んでるようです。
B:訳します。「われらの嘆願を受け入れよ」。
A:3行目にいきましょう。

sedeoセデオー座る
adアド〜へ (対格をとる前置詞)
dexteraデクステラ右手,右側

A: 最後の dextera は dexter (右の。形容詞) の女性形です。
B:どうして dextra じゃないんですか。
A:このタイプの変化ではたいていrの前のeは落ちるんですが,落ちないの もいくつかあるようです。dexter の場合は両方の形があるみたいです。
B:なんで女性なんですか。
A:手を意味する manus が女性だからのようです。
B:「左の」は何といいますか。
A:sinister といいます。-ter という接尾辞は我等と汝等,右と左のように 対をなすものによく使うのだそうです。もっとも逆に対をなすが -ter の つかないものはいくらでもあります。
B:「右へ座る」は奇妙じゃありませんか? 漱石の「電車へ乗る」を思い出してしまう。
A:ad は移動だけでなく,静止 (〜に) のときにも使います。 英語の at と 同起源です。 英語だとむしろ静止の意味の方が勝ってますね。
B:静止だったら, こないだの in と同じになってしまうのでは?
A:フランス語の en と a でもどっちを使うと どう意味が変わるのかよくわからない 場合がありますが,理屈としては,場所を「点」として示すのが ad で,あるひろがりのあるものとして示すのが in と言うことになりましょう。 この文に即して言えば,神の右側という場所があって,その一部を キリストが占めるのでなく,神の右側=キリスト,というかんじになる… あくまで「理屈」であって,ad と in が排他的に使われる訳ではありませ んし,いろいろ慣用とかあるでしょうが。
B:なんかもやもやした説明だな。 sedes は tollis と同じ位置にあるんで,二人称単数とわかりますが…
A:これもあとで…
B:訳します。 「父の右に座る者よ,我等を憐れみたまえ」。 この「右に座る」 というのは…
A:詩篇110番 (109番) に出てきます。
わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座につくがよい。
Dixit Dominus Domino meo sede a dextris meis
福音書に出てくるイエスの解釈では,「わが主」がメシアで,その次の 「主」が神を指すのだそうです。 マルコの福音書ではイエスが昇天した後に神の右の座についたことに なってます。
adsumptus est in caelum et sedit a dextris Dei (マルコ 16.19)
ちょっと解説すると dixit は dico (言う) の完了三人称,
adsumptus は adsumo (受け入れる) の受動完了分詞,
in caelum の caelum は (単数) 対格で,in+対格は英語の into または onto のような意味になります。
sede, sedit はそれぞれ sedeo の命令,完了 (三人称単数) の形。
B:完了は初めてですが…
A:完了といっても, ラテン語のは英語の完了より意味がひろく,単なる過去と あまり変わらないこともあります。
B:a (=ab) は「〜から」を意味する, 奪格を取る前置詞。 前後左右とか隣といった方角を表すときに a を使うのは 古典ラテン語の有名な特徴です。 現代人の感覚では奇妙ですが。 逆に言うと「グローリア」での表現はかなり 古典ラテン語から 逸脱しているということにもなりましょう。
B:miserere nobis か miserere nostri か, という話が前に出てきましたね。 それで, dextris は?
A:複数奪格の形ですね。 ギリシャ語も ek deksio:n .. と複数になってます。 なんでだ?
…と辞書で調べてきました。ギリシャ語でも「右手・右側」は女性単数 で deksia というのが普通で,やはり女性名詞 cheir (手) の省略された 形ですが,中性複数で言う場合があって,これは mere: つまり meros (分 け前,部分) の複数が省略されているものだと考えるようです。 mere: つきの形は
舟の右側に網を打ちなさい。 (ヨハネ 21.6)
Balete eis ta deksia mere: tou ploiou to diktuon
mittite in dexteram navigii rete
に出てます (この deksia は女性単数主格と同綴だけど中性複数対格) が, 残念ながらここのラテン語は単数になってますね。ラテン語で meros にあ たる語は pars かな?女性なのはいいけど,複数に「側」の意味なんてあっ たかなあ。
B:にわかには解決がつかないようなので, 保留ということにしましょう。


Quoniam tu solus Sanctus. Tu solus Dominus.
Tu solus Altissimus, Jesu Christe.
Cum Sancto Spiritu, in gloria Dei Patris. Amen.
A:新出単語を。

solusソールス〜のみ (代名形容詞)
quoniamクオニアム〜の故に
cumクム〜と共に (奪格をとる前置詞)
spiritusスピーリトゥス息,霊
amenアーメーンアーメン

A:altissimus は Sanctus の討論に出てきましたが, ここでは場所でなくて キリストについて言ってるので, Sanctus と同様の理屈で 大文字になってるのでしょう。
B:憐れみから立ち帰って,褒め直しですか。 ここは簡単ですね。 動詞のないのにも 慣れちゃった。代名形容詞というのは?
A:英語の other とか all とか, そのへんに相当する語を総称して そう呼ぶようです。 意味の上からはいろいろ雑多なものがはいってますが,変化の 仕方が代名詞に近いのが原因で,ひとまとめに扱ってるみたいです。
B:ここでは特に問題ないので,先に進みましょう。 「汝のみが聖,汝のみが主,汝のみが至高だからである,イエス・キリス トよ」。
最後の行にいきます。
A: spiritus は spiro (スピーロー,吹く・息をする) と関係のある単語です。
B:どう関係があるんですか。例の受動完了分詞?
A:違います。 受動完了分詞は spiratus ですし,-us で終ってますが 変化は 普通の thematic な名詞と違います。 だいたい受動完了分詞だったら 奪格は spiritu でなくて spirito になる筈です。 詳しい話はのちほど…と言ってまだ調べていません。 じつは,caelum と caelestis の関係も 調べてないんで, それと一緒にでもと 思ってはいるんですが…
B:「アーメン」とは。
A: 「まことに」というような意味だそうですが, ヘブライ語なのでよく調べてません。
B:「聖霊とともに,父なる神の栄光において。アーメン」 「栄光において」は何にかかるんですか?
A:今まで褒めていたキリストが,聖霊とともに, 父なる神のところにいる, という意味ではないでしょうか?
B:なんだか聖霊は 最後になってずいぶん慌ただしく登場しましたね。
A:やっぱり人格をもたない分, 扱いがぞんざいになるのかな。 教会にとってはむしろ 聖霊がもっとも重要とも言えるんですけどね。 「クレド」だともうちょっとていねいに出てきますが, やはり短いですね。
B:ロシアの会堂の玉葱型の屋根は, 教会に降った聖霊をあらわすものだとか 聞きましたが。
A:へえそうですか。


A:これで「グローリア」は読んだ,ということにしましょう。
B:えらく長くなってしまいましたね。
Q:みるだけで疲れる会話だな。 ところで,音の美しさ話がずいぶん退いてしまったように思うんですが。
A:「サンクトゥス」は, やはり音に気を使ってると思いますよ。 重要単語の Sanctus, Sabaoth, Hosanna に共通する「sa」の音。 1回目のホザンナは terra gloria tua という 3つの「a」で終る語によって盛り上げられます。 一方 2回目のホザンナの前の Benedictus... の 1文には「a」の音 が 1回も出てこないことによって対比を強調しています。 Benedictus .. の文だけはまったく独立した歌曲のように 作曲されることが 多いですね。
Q:「グローリア」は?
A:「グローリア」と「クレド」は, むしろこういう音楽的な面を持たない事に よって,散文的美しさを勝ち得ているんではないでしょうか。 「アニュス・デイ」の文言をそのまま含みながら, 前後や間にほかの語を挟むことによって,その音楽的効果を退けている。
B:でも,なんとかムステ,なんとかムステ, というのは音楽的では?
A:この美しさは むしろ同じ文法構造が並ぶことによるのでしょう。 少し話に出た羅列の美ですね。
Q:教科書的な話を長々とする割りには, 後ろの動詞のあたりは おおあわてでやっつけたんじゃありませんか。
A:あとでまとめます。 すいません。
B:俺は全然わかんなかったぞ。 けど,おかげで本文の暗記はできたな。


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