Agnus Dei から ひとつ戻って Sanctus & Benedictus にいきます。 このサンクトゥスが出て来るといつもほっとするんですよね。
Sanctus, Sanctus, Sanctus
Dominus Deus Sabaoth.
まず2行。
Dominus, Deus はもうわかってる。
Sanctus は言うまでもありませんが
「聖なる」
という形容詞。
イタリア語 Santo, フランス語 Saint であります。
-us で終ってるのはつぎの Dominus を修飾しているから。
「一致」ですね。
で, これもまた sancio という動詞の受動完了分詞だという話は省略。
次に Sabaoth ですが, 前に「キリエ」でも言ったように, こういう "th"
なんてのがつくのは
ラテン語オリジナルでない。
ヘブライ語からギリシャ語 Sabao:th
を経てはいって来た。
サバーというのが軍隊で,
サバオートはその複数形。
外来語なので格語尾がついてませんが,
「万軍の主」というのは
決まった言い方ですので, Dominus Deus にかかる属格。
なんで, Dominus Sabaoth Deus といわないかというと…
Dominus Deus という結合が固いからでしょうか?
別な解釈について, 下の討論の所も見てね。
1行目の Sanctus の後ろでピリオドを打って 分けていることもありますが, つながるものとすると 「聖なる, 万軍の主なる神」 ということになります。
次の1行。
Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
2番目の sunt が述語動詞で, Ite missa est で出てきた est の 複数形にあたります。 だから pleni も複数で, これを単数に直すにはiを取り除いて -us をつける。
| plenus | プレーヌス | 満たされた (形容詞) |
次の caeli も同じようにして単数に直しますが, これは中性名詞なので -us
でなく -um をつけなければなりません。
| caelum | カエルム | 天 |
ただし ae, oe はイタリア式では e の長音のように読みます。 その上, c は 後ろが e/i の音だと英語の ch のように読みます (「アニュス・デイ (中) 」 を参照) から, 結局「チェールム」になるわけですね。
et は英語の and であります。 フランス語で, 綴りは同じですが「エ」と発音していますが, ラテン語では正真正銘「エト」であります。
次の terra は単数主格なのでそのまま辞書をひきます。 え, ひかなくてもわかってる?
| terra | テッラ | 地 |
なんで terra は単数なのに caelum は複数になってるかと言うと, ヘブライ語に起源するようです。 ギリシャ語も ouranoi と複数になっています。 例はいくらでもありますが, とりあえず詩篇から。
たとえば, 19番 (18番) の「天は神の栄光を語り」は
| Caeli enarrant gloriam Dei | -- Vulg. |
| Hoi ouranoi die:gountai doksan theou | -- LXX |
| laudent illum caeli et terra | -- Vulg. |
| ainesato:san auton hoi ouranoi kai he: ge: | -- LXX |
| laetentur caeli et exultet terra | -- Vulg. |
| euphrainestho:san hoi ouranoi, kai agalliastho: he: ge: | -- LXX |
ところで Agnus Dei を読んだ人は, 中性複数としてすでに peccata が出てきたのを 覚えているはずです。 なぜ peccatum が peccata になるのに, caelum は caela とならないのでしょうか。 ふつう, 中性で -i がつくのは単数属格ですが, ここではそうでないことは 明らかです。 Lewis and Short を見てみましょう。
caelum(coelum...) ... old form caelus, ... and in eccl. writers freq. for the Hebrew SHA:MAYIM, v. infra, ...この手の辞書の特徴で, 省略が多すぎて なにがなんだかわからないかもしれませんが, 大体の意味をいうと, 教会ラテン語では ヘブライ語 「シャーマイム(天)」 の訳として, 男性の形をした複数形をしばしば使う。 Tert. 以降は出典で, Tertullianus, Cyprianus, Lactantius など 3〜4世紀ごろの人の書いたものに見える。 またウルガタ聖書の詩篇とイザヤ書に見える, ということです。 男性の複数なら -i で構いませんね。 してみれば 単数は中性, 複数は男性というおもしろい 名詞なのでした。
6. In eccl. Lat. the plur caeli, orum, m., is very freq., the heavens,
Tert. de Fuga,12; id.adv.Marc. 4,22; 5,15; Lact.Epit. 1,3; Cypr.Ep. 3,3; 4,5; Vulg.Psa. 32,6; 21,32; id.Isa. 1,2.
なお「シャーマイム」は複数ではなくて双数形です。 ではなんでヘブライ語では双数形なのかというと…知りません。
pleni が複数なのは天+地が複数だからです。 ここでもまた「一致」していますね。 pleni が男性なのは, 上に書いたように caeli が男性だからでしょう。
おっと gloria tua が残ってました。
| gloria | グローリア | 名声, 栄光 |
tua は二人称の所有形容詞「汝の」です。 これは女性形で, tuus が男性形。 これまた gloria が女性なのに「一致」している。
したがって gloria tua は「汝の栄光」でよさそうですが, 実はこれは主格 ではありえません。 その前の caeli et terra が主語なのですから。 厄介ですが奪格 (〜によって) なのでした。 発音の上だと, 女性単数の主格の語尾はアと短く, 奪格はアーと長いのですが, 字づらの上からでは区別がつきません。
以上をまとめると, 「天地は汝 (神) の栄光によって満たされている」, 発音は 「プレーヌム スント チェーリー エト テッラ グローリアー トゥアー」 です。
ミサ曲では Benedictus の部分から 別のメロディになっていることが 多いようです。 ふつう, 1回目の Hosanna in excelsis までを「サンクトゥス」, そこから後 をベネディクトゥスと言ってるみたいです。
Hosanna in excelsis.
Benedictus qui venit in nomine Domini.
Hosanna in excelsis.
「アーメン」「ハレルヤ」と並ぶ意味不明語のひとつホザンナ。 またヘブライ語がでてきました。
出典は明らかで, イエスがエルサレム入城するときに, 民衆 (ルカでは弟子) がなつめやしの枝で迎えながら叫んだことばです。福音書から並べてみます。
| マタイ 21.9: | osanna Filio David benedictus qui venturus est in nomine Domini osanna in altissimis |
| マルコ 11.9-10: | osanna benedictus qui venit in nomine Domini benedictum quod venit regnum patris nostri David osanna in excelsis |
| ルカ 19.38: | benedictus qui venit rex in nomine Domini pax in caelo et gloria in excelsis |
| ヨハネ12.13: | osanna benedictus qui venit in nomine Domini rex Israhel |
どれも大差ありませんが, マルコのが一番このサンクトゥスに近いようですね。
ルカで osanna のかわりに gloria が使われてますから, hosanna の意味は gloria と同じようなものかと思っていたら, ヘブライ語での意味は違うようです。 この言葉は (in excelsis 以外) 詩篇118番に見えています。 新共同訳から引くと,
どうか主よ, わたしたちに救いを。となっています。 3行目が benedictus.. に対応するのは明らかですが, 1行目がホザンナに当るのだそうです。 もとのヘブライ語は 「ホーシーアーンナー」 で, 「ホーシーアー」 までが 「救え」, 「ンナー」 が 「今」 という意味だそうです。 これがアラム語とギリシャ語を経由してるもんだから ずいぶん形が変わって, 意味もなんだかよくわからなくなってしまった, ということのようです。 やっぱり 「いと高きところに救いたまえ」 では意味が通じませんよね…
どうか主よ, わたしたちに栄えを。
祝福あれ, 主の御名によって来る人に。
in は…
英語の in または on。
後ろに来る名詞は普通は奪格になります。
ここで, 実はインド・ヨーロッパには本来8つの格があった,
という話が必要になってきます。
古代インド語には8つ全部揃っており, スラブ語の多くも
属格と奪格がくっついただけで, いまでも7つを残しています
(ただしロシア語では呼格が滅んで6格ですが) 。
ところがラテン語ではだいぶ融合が起きまして,
あまり重要でない3つの格が1つにまとまってしまった。
つまりラテン語で奪格と言っているのは, 実は
奪格 (〜から) , 具格 (〜によって) , 依格 (〜において) の
3つがまじりあったものなのです。
in は場所ですからこれは奪格の形を取っていても
依格なんだ, と考えれば納得がいきます。
前にもちょっと言いましたがラテン語ではさらに奪格と与格もしばしば
同形になってしまって区別がつきにくくなっています。
in の後ろの excelsis, nomine は, よって奪格です。前者から行きます。
excelsis を単数主格に直すと excelsus で, これも例によって受動完了分詞です。 動詞 excello が持ち上げるという意味ですから, 「持ち上げられたもの」ということになります。 「いと高きところ」と訳すのが普通のようです。 -is (イース) は複数奪格の語尾で, 複数になってるのは caeli と同じ 理由によるのでしょう。
nomine は前に言った athematic な名詞ですが, 単数奪格が e になるのは 規則的。 では主格は pacem -> pax にならって nomins か, というとさにあらず。 中性名詞の場合, sはつかないのです。さらに母音もちょっと変化して, 結局
| nomen | ノーメン | 名前 |
が主格。 i が e になるだけじゃなく o も, 主格では長いのですが, それ以外の格では短い。面倒ですね。 それを修飾している Domini は Dominus の属格。 これはもう説明不要。
qui は「アニュス・デイ」にも出てきた関係代名詞。 となるとその後ろの venit は, こないだの qui tollis と 同じように動詞か? はいその通り, 前の -is は二人称でしたが, これは三人称の形です。 では一人称も前と同じようにして o をつければいいんだから veno か? 残念違います。venio なのでした。
| venio | ヴェニオー | 来る |
ああっと, 本来は「ウェニオー」ですけど, 教会ラテン語では v は英語と 同じように読みます。
残る benedictus は, sanctus, unctus と同じような形なので勘が働くと 思いますが, またもや受動完了分詞です。 動詞 benedico (ベネディーコー) は bene (よく) dico (言う) という複合語で, 意味は「ほめる」。 その受動完了分詞なので「ほめられたもの」となりそうですが, 受動完了分詞は「〜されるべきもの」という意味もあり, この場合そっちでしょう。 こういうとき 受動“完了”というネーミングが気になりますね…
qui は前に出てきたと言いましたが, 今回は先行詞がないのでちょっと 違いますね。 今回みたいなタイプは「山上の垂訓」の頭にいっぱい出てきます。
この一段は短くおさえるつもりが, 福音書の引用のせいでえらく長くな ってしまった。まとめておきます。
| 読み: | ホザンナ イネクスチェルシース |
| 意味: | いと高きところにホザンナ |
| 読み: | ベネディクトゥス クイー ヴェニット イン ノミネ ドミニー |
| 意味: | 褒むべきかな 主の名前において来る者は。 |
擬似討論その3.
| Q: | サンクトゥスで 思い出したんですけど, サンタクロースは 男なのになんで サントじゃないんでしょう。 |
| A: | でも赤い服着てるし…。
つけひげを取ったら Das ist kein Mann
てなことはあり得ませんか?
(本気にしないように) それはそうと, ベネディクトゥスの歌詞は 高校の音楽の教科書にのってました。 たぶん cogito ergo sum の次くらいに私が覚えた ラテン語の文じゃないかしらん。 |
| Q: | 「クオ・ヴァディス」があるでしょ。 Benedictus のところの福音書は引用するだけで 全然訳がなかったようですが。 |
| A: | やります? マタイの Filio は Filius (フィーリウス, 息子) の与格。 |
| Q: | 「ダヴィデの息子にオザンナ。」 つぎの venturus est というのは? |
| A: | venturus (ヴェントゥールス) は venio の 未来分詞です。 「褒むべきかな, 主の名において 来るであろうものであるもの」 あれ頭がおかしい。 altissimis は altus (アルトゥス, 高い) の最上級の複数奪格で, excelsis とほぼ同義。 |
| Q: | マルコの3行目に 知らない単語がいくつかあります。 |
| A: | quod は qui の中性。 regnum は「王国」。 あとで出てくる rex が「王」です。 patris nostri は「主の祈り」の冒頭 pater noster の属格。 pater (パテル, 父) noster (ノステル, 我々の) patris nostri と David は同格, quod venit と regnum 云々も同格です。 |
| Q: | 「来るもの, すなわち我々の父であるダヴィデの王国」 |
| A: | ルカやヨハネの rex も, qui venit と同格なのでしょう。 ルカだと rex がどまん中にはいりこんでますが。 |
| Q: | ルカの in caelo というのは in caelis ではないのですか? |
| A: | おや本当だ。 ここでは単数ですね。 |
| Q: | ひとつひとつの単語の意味がわかっても, 同格とかなんとかいうのがわからないと, 全体の意味がさっぱりわからなくなりますね。 |
| A: | それは読んでるうちになんとかなるのでは… でもウルガタ版に 句読点がついてないのがつらいのは確か。 |
| Q: | ときに caeli は, 歌詞カードによっては coeli となってるのがありますが。 |
| A: | そうも綴ります。 発音は変わりません。 |
| Q: | 歌詞カードの 日本語訳に 「主の栄光は大地に満つ」 と書いてあります。 「天」 なんてどこにも出てきません。 |
| A: | それは多分「天地」の誤植だと思います :-) |
討論つづき。Dominus Deus Sabaoth について。
| Q: | さっきあげた日本語訳では, その前の部分も「万軍の神なる主」としていますよ。 |
| A: | それが定訳みたいなんですが… 「万軍の神」ってなんかへんだなあと思って わざと違う解釈をしてみたんですが… Dominus Deus ってのは 英語でいう the Lord God と同じで, 「主なる神」でないと変だと思うんですが。 |
| Q: | しかも, ラテン語の方は Sanctus Dominus, Deus Sabaoth と切ってある。 |
| A: | げっ! これでは「万軍の神」としないわけに行きませんね。 やるなあ :-) |
| Q: | 「'67 年版公会議による主日のミサ典礼書」 準拠だそうですよ。 |
| A: | それは日本語訳の方だけじゃありませんか。 ラテン語は作曲者の想定していた 歌詞によらなければ意味がありませんね。 「オザンナ」にするか「ホザンナ」にするか, というので曲のイメージが致命的に変わるかもしれません。 |
| Q: | 「ホーザナ, ヘーザナ, ザナ, ザナ, ホー」 て歌がありましたね。 あれなんか, h を取ってしまったら大変でしょうね。 |
| A: | ところでその典礼書というのはどういう権威のあるものなのですか? |
| Q: | 私に聞かないでください。私は Q: ですよ。 ほかに「カトリック中央協議会, ミサの式次第より」って書いてあるのも あります。 |
注釈